異呆人

ノンフェータルなペシミズム

右見て左見て真っ直ぐ歩く

最近twitterのタイムラインに、しばしば右寄りの人たちのツイートが流れてくる。

フォローフォロワー内(FF内)の人で「いいね」やリツイートをしてる人がいるからである。

そういえばtwitterを使い始めた頃、私自身がそういう人にフォローされたこともある。

たぶん北朝鮮政策についてツイートしたことがあったからだろう。

そんなツイート一つでいきなりフォローしてくるなんて大した度胸だと思うが、それは相手の自由なので好きにすればいいとは思う。

私自身は特定の政党は支持していないし、いわゆる右左で言うならどちらでもない。

どうしても無理矢理分けたいというなら中道右派くらいのスタンスなんだろうが、私は政治家ではないのでそんな風に分類されることに意味はない。

個別の政策について支持することはあるし、例えば憲法改正でいえば自衛隊の明記や、なんなら国防軍としてしまうことも構わないと思うのだが、だからといって右寄りではないし、むしろ安倍政権や自民党は嫌いである。

 

だから右な人たち(最近の言葉で言えばネット右翼なのかもしれない)のツイートを見ていると不快感を感じることも多い。

概ね彼ら彼女らは、自分に都合の良い情報しか見ようとしない。

あるいは都合の良いように解釈しようとする。

例えば現状のスキャンダルと思しき事柄で政権が叩かれている状況に対して、「民主党政権はもっと酷かった」的な発言を見かける。

確かに民主党政権は仕事が下手くそだったし、擁護できる部分はほとんどないし、そのつもりもないのだが、そんな不出来な政権と比べて「安倍政権の方がマシ」と言うことにはなんの意味もない。

目糞が鼻糞を笑っているようなものである。

あるいは安倍政権で経済が回復していることを大手柄のように数字をもって示す人がいるが、確かに安倍さんの政策が押し上げた部分もあるのだが、そもそもがリーマンショックからの回復期に当たるわけで、いわば追い風参考記録である。

むしろこれだけ経済が回復したと言われながら、実感できている市井の人々が少ないのだから、やるべきことはもっとあると言える。

まぁそんなことを悶々と考えながら、議論をふっかけようかと思いながら、しかし理屈の通じない相手だったらめんどくさいし、たとえ説き伏せたとしてもちっぽけな満足感しか残らないわけで、負うリスクに対してメリットが小さいと判断して、こうやって空中戦でもやもやを発散している。

 

ネットの世界でそんな情報に接しながら街を歩くと、駅前では今日も今日とて安倍政権を批判する左寄りの人たちが、プラカードや旗を掲げながら、拡声器で自分たちの主張を声高に叫んでいる。

悪いとは言わないが、何か違うなと感じる。

彼ら彼女らは政権のやることなすことに反対はするものの、だからどうしたらいいとか、自分たちの主張通りになったらどうなるかといった具体的な話はしない。

未来の話ができない。

「今、あいつらが許せない」といった主張にしかならない。

非常に非生産的である。

年金制度は破綻しそうだし、隣の国には核兵器片手に脅しをかけてくる奴がいるし、隣の国どころか海の向こうの「お友達」すら核兵器片手に脅しをかけている世界の状況に、ただ否定するだけの主張はあまりにお粗末である。

 

思考停止だなと思う。

たくさんの情報にアクセスできる社会になって、実際に私たちはたくさんの情報に接するわけだが、そこは真偽の錯綜した無法地帯である。

パッと見て正しそうな主張はたくさんある。

そういうものを目にしてすぐに鵜呑みにし、あるいは誰かに吹聴されて信じこまされ、それを同じように拡散するスピーカーになる。

だから彼ら彼女らの主張はすぐさま反論するには難しい程度には筋が通っているわりに、よくよく考えたら偏向した見方をしていたり、中身がすっからかんだったりする。

よく考えて受け入れていない。

裏側にいるもっと利己的で真っ黒な人間の手先にされてしまう。

そしてそうなっているという意識に乏しい。

 

マスコミもスキャンダラスな話題をワイドショー的に流すばかりで、司会者は偏った答えになるような質問をするし、答える専門家ですらないコメンテーターも、もっともらしいことをもっともらしい顔で話すことを仕事にしている。

出来レースの片棒を担いで平気な顔をするし、たまに新事実で以前のコメントが否定されるようなことになっても、軽く謝罪すればなかったことになってしまう。

盛り上がればそれでいいなら、太鼓を叩いて尺八でも吹いていればいい。

 

極端な主張に走る人たちというのは、ただ現状に不満があるだけなんだろうなと思う。

それも世の中の現状に不満があるというより、今の自分の生活に不満があるのだろう。

そういう不満の捌け口をネットや街頭に見出しているのだろう。

大海に石を投げるように。

影響がないからできる。

心の底ではそれに気づいているからできる。

万が一にも彼ら彼女らの主張が通ってしまったら、そのときになって右往左往するかもしれない。

「そんなつもりじゃなかった」とか言いそうな気がする。

小狡い。

 

しかしまあ、そうやって不満の捌け口をどこかに見つけることが悪いことばかりだとも言えない。

ネットや街頭で声高に叫んだってどうせ世界は変わらない。

彼ら彼女らの主張は大海の一滴となる。

そういう影響のないところで不満を吐くことで、実生活がうまくいったり、彼ら彼女らの心が少しでも楽になるなら、それは立派な効果と言えるかもしれない。

多少癪に触ることもあるが、そう考えてさらっと受け流すようにしている。

世間を動かす人間の大半が金を持っているだけのどうしようもない人間であることは、おそらく私たちの力では変えようがない。

だったらそういう現状やそんな主張をする人たちに、苛立ち、憤り、ストレスを溜めるよりは、もっと生産的な身の回りのことに力を入れていたい。

 

先日、一つ歳を重ねた。

特に感想はない。

時の流れるままにこの身も流されていけばいいと思う。