異呆人

ノンフェータルなペシミズム

春が来ると、終わり、始まり、変わる

年度末が迫ってきた。

「春は異動の季節」というのが日本の企業の慣わしのようなものである。

御多分に洩れず、私の勤める会社でも異動はある。

ただもともと人が少ないので、大きな異動はない。

部署は変わらないまま、担当する仕事が少し変わったりする程度である。

私の場合は営業職なので、担当するエリアや担当顧客が変わったりする。

 

来年度の体制については、上司からいろいろと相談も受けていた。

私は「なんであれサラリーマンなんだから、『やれ』と言われればやりますよ」と答えていた。

もちろん人によっては仕事の好みもあるだろうから、私みたいな考え方が正しいとは思わない。

私はサラリーマンなんて傭兵のようなものだと思っている。

雇われる側は「◯◯ができますぜ」と売り込み、雇う側は「だったらこのくらいの金でどうだ?」となり、お互いが握手できれば契約成立である。

雇われたからには金に見合うだけの仕事はする。

契約条件の範囲内であれば、異動だろうがなんだろうが飲む。

「これじゃ合わないな」と思えば辞めて、契約解消である。

腕が確かなら次の雇い主はすぐ見つかるだろう。

やりがいがあるに越したことはないが、基本は仕事なんて飯の種だと思っている。

 

来年度は営業範囲を大幅に減らされることになった。

これまで関西以西の西日本全域+関東少々だったものが、九州と関東のいくつかの取引先だけになった。

関東の大口の取引先を新たに担当するので、求められる予算のボリューム的には変わらないくらいだが、移動が大幅に減るので身体的には楽になる。

「結婚したんだから家にいる時間が少しでも増えるようにしてあげよう」という配慮もあるようだ。

減らされる担当先は、すべて後輩に引き継ぐことになる。

まだ中途入社して1年経たない社員で、営業経験なしで採用したのでまだ不安なところがある。

からしばらくは私もサポートするように言われているが、基本的にはオブザーバみたいな感じでほぼすべて任せようと思っている。

修行だと思ってもらうことにしている。

私の担当先というのは気難しかったりトラブルが多かったりするところも多いのだが、難しいことを避けていては何事も上達しない。

慣れるまではサポートするが、自分で判断し、成功し、失敗することを繰り返さないと、一番必要になる臨機応変な対応力というのは身につかない。

 

ちなみに私は、通常の営業担当以外にいくつかの社内業務も新たに受け持つことになった。

それに関する業務は、今でも担当外なのにあれこれ関わっている。

肩書きばかりの上司はいるが、実質的に知識があったり作業ができたりする人が少ない。

あまりに酷い有様で1人作業をする事務員がかわいそうなので、ボランティアで手伝っている。

それを名実ともに担当するようになるだけである。

他部署との打ち合わせは増えるだろうが、作業量として負担が増えるわけではない。

 

だから業務量的には楽になる。

だが楽になるから嬉しいかと言われれば、どちらでもないというのが本音である。

あちこち出張するのは身体的には負担だったが、わりと好きだった。

いろんな土地に行き、その土地のことを知ることができる。

遊んだり観光したりするわけではないが、旅をしていることには変わりない。

私は見知らぬ土地に行くのが好きなのである。

最初の勤め先を選んだときも、定期的に転勤があることが決め手だった。

周りの人が自分のことを知らない場所に行きたい。

そういう欲求もある。

まぁ出張程度では、その欲求は十分には満たされないのだけれども。

 

職も住居も定期的に変えながら生活してきた私の人生においては、1つの会社に5年以上勤め、これから妻と長きにわたって生活を共にするということは大きな変化である。

環境が変わることを好まなくなったのではない。

変わらないことを恐れなくなったという方が近い。

変化しないということは停滞するということであり、停滞するということは退化するに等しいと思っていた。

今でもその考え方は変わらないかもしれない。

ただ退化、つまり年齢を経ることによる衰えや、これ以上成長できないことを受け入れられるようになってきた気がする。

衰えといっても私はまだ30代なので、そこまで顕著なわけではない。

しかし緩やかに自分の人間としての機能が減衰していることは感じる。

それを感じながら、「成長しない生き方」というのを模索しているのだと思う。

自分でもはっきりとはわからないが。

 

そうはいっても、日々小さな変化はある。

これから人生の大きな変化もあるだろう。

特に春は変化の季節である。

桜が咲いて、散るように、終わっては始まり、始まっては終わる。

そういう意味では、春に始まり春に終わる日本の年度の仕組みというのは、実に日本的で受け入れられやすかったのかもしれない。

さておき、そういった変化を嫌わず、また変わらないことも厭わず、自然体で生きていけるようにしたいものである。

またそうあれる有り難みを噛み締めておきたいものだなと思う。