異呆人

ノンフェータルなペシミズム

「癒し」は何処へ

今週のお題「私の癒やし」

 

体調が悪い。

どうも風邪を引いたらしい。

喉が痛く、全身がダルい。

たぶんこの感覚なら、熱はないだろう。

あと頭痛が続いたり、治っていた胃の痛みも再発している。

しかし、すぐ病院に駆け込まないといけないくらいの症状のものはない。

だからめんどくさくて放置してしまう。

 

出せる出力は80%といったところか。

80%の力でも、普段の仕事をする分には問題ない。

家事もこなせる。

ただ疲れが抜けなかったり、出力を持続させることができないので、強弱をつけて上手く調節しなければならない。

この記事を書いている日の前日は久しぶりに泊まりがけで出張だったので、ホテルでゆっくりしながらブログ記事でも書き溜めしようかと思っていたが、あまりに辛くて20時くらいには寝てしまった。

起きたら7時。

11時間睡眠である。

まぁ、そんな状況。

 

「癒し」が欲しいなぁ、と思う。

いや、正確には思い続けてきた。

疲れると、そんな風に思ってしまう。

身体の疲れは休めば取れるが、モチベーションはそれだけでは充電できない。

だから心身のリフレッシュはバランス良く図らなければならない。

最近は気持ちのリフレッシュがうまくできていないように思う。

ゲームは楽しいが、真剣になってしまうのでリフレッシュにはならない。

読書もものによってはのめり込んで疲れるので、リフレッシュにつながるとは限らない。

美術館賞はまずまず役に立っていた。

静かな環境で眺められることが前提だが。

最近はあまり行けていない。

 

結婚する前は妻が「癒し」になるのではないかと思っていた。

付き合っているときは気を遣わないでいい相手だと思っていたし、可愛らしい部分もある(これは今でもそう思っているが)からである。

しかしいざ生活を共にしてみると、私はやはり無条件で他人に気を遣ってしまうようである。

いろいろ気を回してしまって、一緒にいると逆に心休まらない。

休日も一緒に過ごすことが求められるし、妻はインドアで家にいることを好むので、あまり自分の行きたい場所へ連れ回すことは気が引ける。

というか、妻と一緒に出かけたのでは疲れてしまう。

そう考えると、一人の時間を欲しているのかもしれない。

まぁ、独身だったときにも癒しが欲しいと思っていたことを考えると、結局は無い物ねだりなのかもしれないが。

 

何をしたら癒されるのだろうか。

何もしなければ癒されるのだろうか。

考えるのではなくて、きっともっと感覚的なものだと思う。

でも、実際に「今、癒されている」と実感することはない。

まぁ、だからこそ、人生そのものに徒労感を感じるのかもしれない。

「癒し」は何処にあるのだろう。

きっとそれは「自分探し」のように、何処かに探しに出かけたって見つかるものではないのだろう。

私にはずっと見つからないものかもしれない。

それもそれで人生か。

とりあえず、疲れたので寝る。