異呆人

ノンフェータルなペシミズム

ものおもふ時間

一人でボーっと考えごとをする時間がなくなったなと思う。

少なくなった、というより、なくなった。

目の前に考えなければならないことが山積していて、余裕がないということが理由の一つである。

以前は考えるヒマがないくらいがいいと思っていた。

私の場合、一人で考えごとをしていると、概ね鬱屈する。

そんなことしか考えていないからではあるのだが、ボーっとしているときに頭に浮かんでくるのはそんなことばかりで、つまりはもうそういう人間なのである。

「忙しい方が生き生きしている」と言われることもあるが、それは忙しいことが好きなわけではなく、活動的であることを強制されるような環境にいなければ、生気が漂っていないように見えるということである。

今はヒマが欲しいと思う。

それは考えごとをする時間が欲しいというより、単に身体を休める時間が欲しいというだけだが。


一人でボーっと考えごとをする時間がなくなって、私は何かを失っただろうか。

考えてみても特に思い浮かばない。

結局は考えても詮無いこと、堂々巡りするようなことばかりだったのだろう。

わかっていながらも確かめてしまうこと。

どうしようもないと知りながら、考えることをやめられないこと。

そんなことも含まれる。

それは自慰みたいなものだったのかもしれない。

ただ考えることによって感傷に浸る。

非生産的なそういうことが必要な場合もあるのだが、そういうことばかりやっていては前に進むことを忘れてしまう。

そういう意味では、私は環境を無理矢理変えることによって変わろうとした、いや、ずっとそれを試みてきたと言える。

環境が変わっても自分自身の大きな変化を感じたことはないが。


むしろ考える時間がなくなることで助かっていることはあるかもしれない。

それは余計な妄想をせずに済む、ということである。

私にとって、結婚して家庭を持つと決めることは、自分の選択肢をあえて限定することで自由から逃れるということであった。

それはそれで成功していて、だからこそ考えるヒマもないような状況にあるわけだが、もしこれがそれでも思考する余裕のある状況なら、たぶんいろんな可能性に思いを巡らせてしまうと思うのである。

つまり、私が自ら捨てた可能性を、ifのストーリーがあったとしたらどうだったろうかを、きっと妄想してしまうと思うのである。

それは別に今の状況が嫌だとかそういうわけではなく、性分なのだと思う。

ただいつも、すべてを捨てて誰も知らない土地へ行きたい気持ちとか、それと同義のこととしてすべてを投げ出して死んでしまいたい気持ちが存在する。

やり直したいわけではない。

上手くいっても、上手くいかなくても、「これじゃない」という思いが拭えないのである。

だから今じゃない可能性を考える。

ただこの満たされない感覚に囚われていることが嫌で逃げ出したくなる。

たぶんそんな感じ。


妻子がいることを理由に挙げて可能性を削ることは、ある意味では妻子を利用していることにもなり失礼である。

ただ結果として、それで幸せになる人がいるのであれば、それは間違いではないと思うことにしている。

少なくとも、妻は幸せそうだし、妻の親族も私の親族も幸せそうだし、結婚して安易な転職の可能性を削っていることで職場の人間も助かっているようである。

だから正解ではないけど間違いではない。

私の考える正しさの枠の中には収まっている。

満足はしていないが、これでいい。


私は自分自身が幸せかどうかより、自分の基準に照らして正しく生きられているかどうかが大切だと思っている。

幸せというのは一時の感情、あるいは脳内麻薬みたいなものだと思っていて、確かにその瞬間は幸福であるのだが、場合によっては平時の苦境を誤魔化す目眩しにもなりかねない。

だから思うように生きられているか、自分が納得できるような決断を重ねられているかが大事だと思っていて、それが「正しさ」だと思っている。

「正しさ」は人によって異なる。

それがいい。

誰がなんと言おうと自分の判断基準が絶対である。

その基準が本当の意味で正しかったかどうかは自分の人生に反映されるのだから、それもわかりやすくていい。

うまくいかないと感じる人生なら、自分の中の基準、価値観が正しくなかったのである。

能力や境遇もあるから理想通りに生きられるわけではないが、正しく生きられているなら選び得る中での最善が尽くせているはずである。

それなら満足はできなくても納得はできる。

きちんと自分の人生を受け入れられる。

ただやはり満足できないことがあるというのが問題で、人間はやはり欲張りなものだなと我が身を振り返って思わされる。

足りないものは何か。

長距離の移動が重なったので、久しぶりにボーっと考えごとをしてみた。