異呆人

ノンフェータルなペシミズム

酔っていたい

最近、毎日晩酌をしている。

たくさん飲むわけではない。

350mlの缶ビールを1本だけと決めている。

それでしたたか酔えるほどアルコールに弱くはないが、まったく酔わないほど強くはない。

アルコールが入って、自分の身体が平常時から変化していると感じられる程度。

物足りないと感じるくらいがちょうどいい。

妻は飲めないので、1人で淡々と飲む。

もしくは子供の相手をしながら飲む。

いずれ、賑やかな酒ではない。


酒が好きかと問われれば好きだと答えるだろうが、世の左党の方々から比べれば大したことはないと思っている。

あれば飲むが、なければ飲まない。

強くもないが弱くもないと言っているし、強いと言われることもあるが、たぶん体質的にはアルコールを上手に分解できるタイプではない。

すぐ赤くなるし、眠くなる。

あと、最近になってようやく甘い酒や、甘いものと一緒に飲むと頭痛がすることを理解した。

まぁそんな程度の酒飲みである。

本当に飲まなきゃやってられないような人からすれば大したことはない。


それでも最近、無性に酒を飲みたくなることが増えた。

昔は酒なんて仲間と騒ぐためのツールでしかないと思っていたのだが、今は酒そのものが目的になっている。

かといって、特別に美味い酒が飲みたいわけではない。

発泡酒だか第3のビールだかわからないようなもので十分である。

さすがにアルコールが入っていれば何でもいいと言えるほどではないが、不味くなければ事足りる。

つまりは酒を飲む状況を楽しむというより、ただ酔っていたいだけなのだと思う。

自分でもよくわかっていない。

ただ、1人酒を飲んでいる状況というのは、他に何もしなくていい状況である。

誰かと飲みに行けば話を聞くことになるか、自分が積極的に話すことになる。

1人で飲んでいるのは気楽でいい。

もちろん、気を遣わない相手と飲んで、ただクダを巻いていればいいのであればそれでもいい。


疲れていると言えば、疲れているのだと思う。

体力的にしんどいとか、睡眠時間が足りないとか、そういうことではない。

ただ、気を張っていなければならない状況が長く続いている。

常時集中力を要されるわけではないが、考えるべきことが多岐に渡っていて、それぞれに期限というか進め始めるタイミングがあって、常に何か別のタスクを頭の中に置いた状態で仕事をしている。

一つの遅れはたぶんその時点では大した影響のないものなのだが、それが回り回ったときに後がつかえると大変なことになりそうなのである。

先々まで考えてわりと危機感を持って取り組んでいるのだが、周りにあまりその危機感がない。

私が心配性なのだと言われればそれまでなのだが、大事に至ったあとでは遅いし、そもそもそういう状況になれば誰が責任を取るのかという話になる。

そういうことを自分だけが考えているということがフラストレーションになるし、ストレスにもなる。

「自分の考えるべきことじゃないし、知らねえ」と言って放り出すのは簡単なのだが、単にそういう無責任なことができない性分だというだけである。

損な性格だということは理解しているし、それは背負って生きていくつもりでもある。


ただやはり何も考えたくないときというのはあって、たぶんそれが比較的果たされるのが酒を飲んでいるときなのだと思う。

思考が麻痺するから、上手に考えられない。

たぶんそのくらいがちょうどいいのである。

考えたくないなら、考えられない状態になってしまえばいいということか。

それを言うなら、生きていなければ何も考えなくていいわけで、だからこそ死が私にとって根源的に魅力的なものなのかもしれない。

考えるから、感じるから苦しむ。

社会的な成功を望むなら頭は回った方がいいのだろうが、別に人よりよく考えられたからといって生きていくのにどうということはない。

むしろ下手に頭が回らない方が、他人から見れば憐憫の対象となるのかもしれないが、本人にとっては幸せに生きていけるのではないかとさえ思う。


そしてまたこうやって余計なことを考えてしまうから嫌になって、酒でも飲んで思考停止したいと思うのだろう。

くだらないなぁ。