異呆人

ノンフェータルなペシミズム

「間違い」はない

この一群をフィクションとしてまとめ直して小説風のものにしようかなと思いながら、時間がなくてできていない。

リンクはそのまま貼っておく。

今回はまだノンフィクション風味。

シンパシー - 異呆人

シンパシー② - 異呆人

間違い - 異呆人

台風一禍 - 異呆人

 

「金曜日、飲みに行かない?」

突然声をかけられて、身体がビクリと反射する。

座席の背後に座り込むようにして、彼女は居た。

集中してキーボードを叩いていたので気付かなかった。

始業少し前の時刻。

普段ならもう少し人がいるはずだが、その日はたまたま出払っている人が多かった。

人がいればあれこれ声をかけられ、手を止めることになる。

人の少ないときこそ自分の仕事を進めるチャンスである。

そう思って集中力を高めたところだったから接近に気づかなかった。

不意打ち。

「姑が来る予定だから、何も予定がないと一緒にご飯食べに行かなきゃいけなくなっちゃうの。旦那と娘は行くんだけどね」

「なるほどね。いいよ」

頭の中で予定を検索しながら即答する。

予定はないはず。

仕事は段取り次第で1日くらいなら残業なしでも何とかなる。

 

本当は「ランチでも行こう」と私から提案していた。

彼女が部署を移ってから、新しい仕事についてどう思っているのか気になっていた。

不本意な異動だったことは間違いない。

仕事の少ない部署だから、暇そうにしているところも目にしている。

それでもいいと思っているのかどうか。

彼女の席の隣はその部署の上司だから、あまりそんな話はできない。

席替えにより周りを部長陣で固められてしまった私の席では尚更である。

だから昼でも食べに行ってゆっくり話したいと思っていたのだが、あいにく私の仕事の状況がゆっくりランチをしている場合ではなかった。

だから「飲みに行こう」という彼女の提案は渡りに船だった。

まぁ、陽気な酒の彼女なら、一緒に飲んでいるだけで楽しいというのもあるが。

 

その日は高速で仕事を回し、残業はしない宣言をしてうまく運んでいたが、終業間際に雑務が立て続けに入り、挙句帰り際に上司につかまってしまった。

「定時で上がる」と言っていたが、30分のオーバー。

彼女は先に退社していた。

まぁその方が何かと都合はいい。

待ち合わせの駅まで追いかける。

向かう途中、「先に店に入った」というメッセージと、店の場所の地図が届いた。

どこに行くかも決めていなかった。

とにかく早く飲みたかったのだろう。

彼女らしい。

 

店に入ると、奥のカウンター席で手を振る彼女が見えた。

モツ焼きの店だった。

店内は暗く、狭い。

おおよそ女性が選んだとは思えないが、そういう店が彼女の好みだということは知っている。

隣に腰掛ける。

ちょうど頼んだ料理が運ばれてきたところのようだった。

「ナマ」

私はメニューも見ずに、カウンター越しにこちらを見ていた店員に注文した。

「ごめんね。料理も勝手に頼んじゃった」

「いいよ、何でも」

「モツ焼き、串から外す?」

「別にいいんじゃない?好きなの食べれば」

「そうだね〜」

そう言うと、彼女は串を一本手に取った。

頬張るその仕草を眺める。

4人で飲む予定である。

私と彼女以外の2人は取引先から直接合流することになっている。

2人でゆっくり話せるのは1時間程度か。

 

「お疲れ様」

ビールが運ばれてくると、小さく乾杯した。

私はお決まりと言えるほどに冷やされたそれを1/3ほど流し込み、ゆっくり息を吐いた。

「忙しいみたいだね」

「単純に手が足りない。Mちゃんにすぐ戻ってきてほしいくらい」

「だろうね〜。でも、どこもそうみたいよ。先月業務部に入ってきた人、もう来なくなっちゃったんだって」

「もう?うちみたいなヌルい会社で?」

「ね。何が嫌だったんだろうね。あとNさんも辞めるんだって」

「あれ、Nさんって出向になったんじゃなかったっけ?」

「そうそう。だからまた誰に出向してもらうか考えないといけないらしいよ」

「そりゃ大変だ」

私はそう言って串をかじる。

ふらりと入った店らしいが、味はなかなかだった。

ゆっくり味わってからビールを流し込む。

 

「どう、新しい仕事は?」

「ヒマ」

「みたいだね。具体的に何してんの?」

「ん〜?うちの部長に付いてあっち行ったり、こっち行ったり。あとは社内の監査をやってみて、それを部長にチェックしてもらったり。1人でやる仕事を2人でやってる感じ」

「なるほどね。まぁ1人でできることだから、今まで誰も配属されなかったわけだし」

「まぁね。でも自分でやってみてもなかなか上手くいかなくて、部長はよくあれだけ出来てないものを見つけられるなぁって感心する」

「特殊な業務ではあるし、勘所みたいなものがあるんだろうね。いいじゃん、社内でその仕事ができる人は他にいないし、Mちゃんがその仕事を出来るようになっちゃうなら、それは会社としてはすごく助かることだと思うけど」

「そうなのよ。だから今の業務を覚えて、そこで上に行こうかなって。部長にもまずリーダーに上げてくれって、面談でお願いしちゃった」

「それがいいかもね。まぁ戻ってもらえないことは残念だけど」

そう言うと、彼女は少し照れたような笑みを浮かべた。

大丈夫そうだ。

私はその笑顔を見て、もう一口ビールを飲む。

「まぁ同じ会社だし。部署は違うけど、たまにはこうやって飲みに付き合ってよね」

彼女はそう言ってビールジョッキを突き出した。

「もちろん」

私はそれに軽く自分のジョッキをぶつけて応じた。

ほとんど空になったジョッキとジョッキが鈍い音を立てる。

手に伝わる振動。

その向こうの瞳。

「次、何飲むの?」

「うーん、ホッピー」

「おっさんかよ」

「文句ある?」

「俺もホッピーにするかな」

「おっさんかよ」

「おっさんだよ」

「ふふふ」

そんなやり取りに2人で笑いながら残った液体を飲み干す。

懸念は一つ消えた。

夜はまだ長い。

私はゆっくり酒と時間を楽しむことにした。