異呆人

ノンフェータルなペシミズム

仕事なんか何でもいいと思ってた

高校生の頃の私は、それはそれは捻くれた高校生だった(今でも捻くれた大人ではあるが)。

別に荒れていたわけでも、学校に行かなかったわけでもない。

ただ授業中に最前列で堂々と昼寝をしたり、当てられても「わかりません」と即答で回答拒否していただけである。

校舎の窓ガラスを割ったり、盗んだバイクで走り出したりすることと比べれば可愛いものだろう。

あの頃は自分が生きて在ることの意味がわからなかった。

この広い世界では自分の存在など取るに足りない。

しかも自分自身が楽しんで生きているならまだしも、なにゆえ虚無感を抱えながら存在せねばならないのか。

思春期にはよくある思考なのかもしれない。

あるいは、私は今でも積極的に存在の無意味を肯定しているのだから、私に固有の事情なのかもしれない。

いや、単に成長していないだけか。

まあいい。


そんな感じだったので、もちろん勉強には身が入らない。

というか、するつもりが更々ない。

高校を卒業したら、どこかで適当に就職するつもりだった。

別にフリーターでも良かったが、できるならずっと続けられる仕事がいい。

仕事なんて所詮は生活の糧である。

何でもいい。

やりたいことなどなかった。

お金がたくさん欲しいわけでもなかった。

それなら進学する意味などないだろう。

結婚するつもりもなかったので、自分一人が細々と生活していければそれでいいと思っていた。


私が通っていた高校は、曲がりなりにも他人様から進学校と言われていて、卒業後に就職する人など年に1人いるかいないかだった。

それでもそういう決まりなのだろう、時期になると就職情報を希望する人がいるかどうか確認はしてくれる。

私は担任に就職したい旨を申し出た。

この担任というのがクセ者(?)で、私が所属していた部活動の顧問でもあり、仲が良いというか悪いというか、付き合いの長い人だった。

担任が何と言ったかははっきり覚えていない。

二言三言、嫌味めいたことというか、叛意を促されるようなことを言われた気はする。


またそれと並行して、私はアルバイトを始めた。

3年の春で一応部活動は引退ではあった。

それまでは部活動に打ち込んでいたし、そもそも私の通っていた高校はアルバイト禁止だった。

だが、フリーターになるのであれば、ずっとアルバイトをすることになるわけである。

何事も経験。

ちょっとした職業体験のつもりだった。

これが後々問題になる。


あるとき、アルバイトをしていることが担任にバレた。

そして激怒された。

そんなに怒ることではないだろうと思うのだが、担任が言うには「アルバイトをすることを一言いってくれるくらいの信頼関係はあると思っていた」そうで、要は私が隠れてアルバイトをしていたことが気に食わなかったようである。

私からすれば、校則で禁じられていることなので言うわけにもいかないというものである。

まあ、すれ違い。

そしてその場で、「職業体験とか言ってるけど、就職関係の申込みはもう全部終わってるからね!」と言われた。

どうやら担任は私に対して「進学すべき」と思っていたようで、その手の情報を自分のところで止めていたようである。

自分で調べていなかった私も迂闊なのだが、これには私が激怒した。

就職するか進学するかなど、人生における大きな選択である。

それを本人にことわらずに勝手に判断するとは何事かと。

この後、私は卒業間際に和解するまで担任と口をきかなかった。


それからは三者面談などで親も交えて散々話し合いをさせられた。

親は大学に行って欲しがっていた。

その希望はずっと前から聞いていたが、私が従う義理はないと判断していた。

そもそも行きたくもない大学に行って、親に経済的な負担もかけるとなると、どこにメリットがあるのかわからない。

ただ、私にも何が何でも就職したい理由があったわけではない。

進学に合理性を感じられなかっただけである。

行けと言われて行くのは癪だが、明確な理由がないのに強情を通すのも子供っぽい。

少し迷った。

が、すぐに考えることを放棄した。

疲れた。

どうでもいい、と思った。

人生に意味がないのなら、ここでの選択にも意味はない。

ならばいいように流されてやればいい。

争っていることの方が不毛である。


そんなこんなで私は進学することに決めた。

ただし、「どこの大学に行っても文句は言わないこと」、「学費は親が支払うこと」という条件を付けた。

結果的に私は実家から遠く離れた地方国立大に通うことになり、学費は親が、生活費は私が負担することにした。

飛行機で3時間もかかる土地に進学することに親は不満もあったようだが、それはそれ、お約束である。

私からすればすぐに帰れない(帰らない言い訳ができる)距離が良かった。

その大学を選んだことも、特別な事情があったわけではない。

単にあまり勉強しなくても合格できそうなところで、寒くない土地であるところを選んだだけである。

どこまでも適当。


結果から言えば、私は大学生活を満喫した。十分に楽しかったし、素晴らしい出会いもあった。

だか、就職するより進学した方が良かったとは思わない。

きっと職に就いたら就いたで、その環境で出来る限りのことをして、それなりに満喫し、同じように素晴らしい出会いもあったはずである。

人生において大きな岐路となる決断はあるし、それにあたって迷う人もいるだろう。

しかしその決断をどういう結果に導くも、自分次第なのだと思う。

現実を受け入れる覚悟と度量である。

私なんぞは端からいろんなものをどうでもいいと諦めるというか投げ捨てている人間なので、多少思い描いたものと違おうが、上手くいかなかろうが、それはそれと受け止めてしまう性質である。

そんな極端な人間にならずとも、「こうでなくては」とか「こうあってほしい」という考えを少し緩めるだけで、その決断を良いものと捉える、あるいはその決断の良い側面を見つけられるようになるはずである。


しかしながら高校生の私に対して一つ訂正するなら、「仕事なんて何でもいい」と思っていたことは間違いであると言いたい。

「何でもいい」わけではない。

なんせ、1日で最も多くの時間を割くものが仕事である。

嫌いなことは仕事にはできない。

腹の立つ人間と一緒に仕事はできない。

劣悪な環境では仕事はできない。

「仕事」=「生きがい」などという大それたことを言うつもりはないが、必然的に生活の中心になってしまうのが仕事である。

ならやはり、少しでも自分にとって良い仕事をしたいと思うのが人情ではある。

だから仕事を選ぶことも大事。

考えを凝り固め過ぎて選び過ぎないことも大事。

要は何事もバランスという、面白くも可笑しくもないオチになってしまって、編集画面をそっ閉じしたい気分になったところで、今日はここまで。