異呆人

ノンフェータルなペシミズム

育児の大変さを体験してみる

妻が出産から退院して実家に移った。

私だけ今借りているアパートでしばらく一人暮らしをしてもいいのだが、妻の気持ちや将来的な同居を見据える義父の気持ちを汲んだり、折角の産まれて間もない時期を子と一緒に過ごせないのももったいないという気持ちから、片道2時間半かけて通勤することを選んでいる。
それについてのあれこれはまた別に記すとして、退院日が木曜だったのですぐ週末となった。
さっそく丸一日一緒に過ごす機会が巡ってきたので、出来るだけ子の世話に関わってみた。
 
妻は入院中に授乳の仕方やオムツの替え方、沐浴の仕方などを一通り教わっている。
私は20年近く前に弟のオムツを替えていたことがあるとはいえ、ほぼ若葉マークである。
なので妻に教わりながら携わった。
オムツ交換はすべて請け負い、母乳をやったあとにミルクも足すので、ミルクをあげるのも自分がやった。
一つ一つの行為は難しくないし、頻度が高いのも気にならない。
妻の妹や義父が家事をしてくれていることも大きかった。
だからやること自体がそれほど大変だとは思わなかったのだが、3時間おきの授乳だけは心底大変だなぁと思った。
 
土日は妻が授乳するタイミングに合わせて自分も夜中起き、妻が母乳をやっている間にミルクを準備して、ミルクをやったら概ねすぐに排泄するのでオムツを替えた。
ついでに哺乳瓶の消毒もやる。
そうすれば妻は授乳したあとすぐ眠れる。
これを1セットとして二人で繰り返していたのだが、やはりまとまった睡眠時間が取れないのは辛い。
眠いと意識が朦朧とするしストレスも溜まる。
ノイローゼや鬱になる人が出るのも頷ける。
家族のサポートがあり、仕事はしていない妻の状況でさえこうなのだから、そうでない環境で子育てをすることは簡単なことではないなと思った。
 
ただそれでも人類はこれだけ数を増やしてきているわけで、つまりその大変なことというのは多くの人ができていることでもあるわけで、だから子育てがいくら大変だとはいえ不可能なことではないとも思う。
子供が可愛いと思えば労苦も気にならないというのもある。
しかし家族構成や社会環境などは変わってきているし、同じ環境で他人が出来ていることであっても、出来ている人と比べることで自分自身が感じる辛さが和らぐわけではない。
だから育児が大変だなと思ったら、適切な相手に相談したりアドバイスを受けられるような環境がもっと充実すればいいなと思う。
適切な対応がわかるだけで救われることも多いのではなかろうか。
昔はそういうものは親や近所の人とかが教えてくれたのかもしれないが、今はそういう環境にいる人ばかりでもない。
妻も母を早くに亡くしていないので、ネットで調べたり病院に聞いたりしながら格闘している。
ただ本人がいくら努力していても、周囲が無理解であれば追い詰められてしまうこともあるだろう。
誰もが同じ環境に置かれているわけでもなければ、同じ能力を持っているわけでもない。
できないことをなじるようなことはあってはならない。
自分の経験ややり方を押し付けるようなことも同じ。
 
さておき、これだけ大変だと実感しておきながら、私は平日はまったく子育てに関われない。
私が所属しているような小さな会社は、幼子のいる社員を早く帰すような業務配分を組んだり、まして育休を取得させるようなことはできない。
働かななければ食っていけないし、私がハードワークする代わりに妻が仕事をしなくても何とかなっているという側面もある。
それもまた私固有の置かれた環境であり、比べても仕方ないことである。
とりあえず肩こりや足のむくみ、乳房の張りに悩む妻にマッサージをしたり、子が泣きぐずるときに抱いて少しでも妻が眠る時間を長くしたり、そういう出来ることだけをやっている。
子も大事であるが、妻も同様に大事である。
育児に力を入れ過ぎて、親が潰れてしまっては元も子もない。
無理はしてもし過ぎず、二人で楽しんで育児ができればなと思う。