異呆人

ノンフェータルなペシミズム

2019年の抱負 〜『「ギターが趣味です」と言えるレベルまでギターが弾けるようになる』〜

今週のお題「2019年の抱負」

 

年末、年賀状を出そう出そうと思っていたら、クリスマスが過ぎてしまった。

慌てて年賀状を買ったのだが、その後で「そういえば喪中じゃない?」と妻から指摘された。

そういえば、2018年は祖母が亡くなっていた。

時すでに遅し、覆水盆に返らず。

たぶん、郵便局に持っていけば寒中見舞いと変えてくれると思うので、それで新年の挨拶に代えることにしようと思い直す。

引っ越して住所が変わっている連絡もしていないし。

 

年末はおまけに風邪を引いていた。

syuten0416.hatenablog.com

たぶん美容院に行ったときにうつされたのではないかと思う。

この記事を書いている最中は平気だったのだが、その後、喉が痛くなり始めた。

「部屋が乾燥しているせいかな?」と思っていたのだが、翌日の昼くらいには悪寒と筋肉痛が始まり、風邪を引いたのだと自覚した。

本当は先に実家に帰った妻と合流する予定だったのだが、さすがに風邪っぴきが行っても邪魔になる。

それどころか妊娠中の妻にうつす恐れもある。

ということで、一人で新年を迎えることになった。

なんとも冴えない年越し。

 

風邪をひいたと認識してからは、加湿器を起動し、とにかく暖かくし、なんとか食べられるカップ麺と野菜ジュースでしのぎ、回復に努めた。

風邪は薬では治らない。

薬で症状を抑えながら、あとは自分の免疫力で治癒を待つだけである。

それなりに生きていれば、自分の身体の感覚というのはわかってくる。

このあたりの対処はお手のものである。

早めの対処が効いてか、31日の朝に高熱を発したものの、それがピークですぐに熱は治り、ダメージは最小限で抑えられた。

おかげで風邪をひいてはいたが、それなりに元気のある状態で年末年始を過ごすことができた。

まぁそれでも出力は70%くらい。

まだまだ安静にしていないと簡単にぶり返しそう。

症状が治まっても、風邪のウィルスが完全に除去されるのに最低でも1週間くらいはかかるそうである。

油断大敵。

 

とはいえ、それなりに元気が出れば時間を持て余すもので、年末はNINTENDO switchでひたすらスマブラをやっていた。

あとはギターの練習。

ギターはどう考えても年明けのバンドメンバー(仮)での練習に間に合わないと思っていたのだが、そのメンバーを集めている同僚がすごくコードの簡単な曲を選んでくれ、おまけに自分で動画まで撮って練習用に送ってくれたので、なんとか人に聞かせても音楽だとわかるくらいにはなったと思う。

それまでは私のギターなど、ただの雑音でしかなかった。

今ならとりあえず「下手だけど頑張っている」とは認識されるだろう。

 

元日には妻の実家に赴き、地元の小さな神社に初詣をしたり、親戚に挨拶をしたり、義妹夫婦と義実家一同で鍋を囲んだりした。

自分が風邪をひいているということを除けば、極めて穏やかな正月である。

自分の実家に帰省することをやめてしまえば、かようにのんびり過ごせるのだが、まぁそれが人間関係の難しいところ。

あちらを立てればこちらが立たず、結局はどこかで誰かが不満を持つことになるのである。

だったら自分や妻が多少バタバタしても、互いの親に喜んでもらえる形をとろうかというのが現在である。

そんなめんどくさい人間関係が嫌で、ずっと独り身だったわけでもあるのだが、それは引き受けると決めたことでもあるので文句を言うわけではない。

結局は、何を選んで、何を選ばないかである。

 

いつも通り前置きが長くなったが、2019年の抱負の話。

ちなみに2018年はこんな抱負を掲げていた。

syuten0416.hatenablog.com

「子供を作る」だったから、とりあえず妻が妊娠した段階で達成していることになる。

まぁまだ無事に生まれてくるかはわからない。

すでに生まれているなら「子育てを頑張る」とか適当なことを書いておけばいいのかもしれないが、現状では見切り発車である。

そもそも「子育てを頑張る」というフレーズにすごく違和感を感じる。

まあ、それは別の話。

 

2019年の抱負は『「ギターが趣味です」と言えるレベルまでギターが弾けるようになる』とする。

わかりにくいね。

しかし、「上手になる」という目標では具体性に欠けるし、「〜が弾けるようになる」と具体的な曲名やスキルを挙げられるほどの現状にはない。

『「ギターが趣味です」と言えるレベルまでギターが弾けるようになる』という抱負には、「ギターが趣味です」と言えるかどうかという明確な指標でありながら、自分で言い切ってしまえばそれで達成という主観性が含まれるという、高度なシステムを採用している。

さらに、「ギターが趣味です」と言い切ってしまって抱負のハードルを下げにかかることが、「その程度で趣味って言えるの?」という矜持および恥と相反関係になっている。

つまり、達成できたかどうかが明確な抱負でありながら、多少融通を利かせられる(自分のプライドと引き換えに)抱負なのである。

まぁ、胸を張って「趣味です」と言えるようになるレベルまで上達することが一番なのは間違いない。

 

本当はランニングも頑張りたいのだけど。

最近、微妙に疲れが取れなくなって、あまり前向きになれない。

今、抱負に掲げると、確実に達成までの道のりが苦痛になる。

年始は箱根駅伝をかなり長時間見ていた。

巷には、触発されたランナーがうようよ沸いていることだろう。

私も本気で取り組んでいた時期がある身としては、今年も見ていて胸が熱くなるレースだった。

でも、「よし、じゃあ走ってくるか!」とならない。

これはモチベーションが重症である。

まだ風邪が治っていないので、体力がないことも原因かもしれないが。

 

そんなこんなで、今年も毒にも薬にもならないような、くだらないことばかり書き散らしていきたい。

最近自分で読んでいて思うのだが、「毒にも薬にもならない」と副題に記しておきながら、結構「毒」がたくさん盛られている気がしている。

副題、変えるかな。

なにはともあれ、今年も宜しくお願い申し上げます。