異呆人

毒にも薬にもならない呟き

徒然とダラダラって同じようなものかもしれない

生きていると、ときどきフワッとした浮遊感を覚えることがある。
こういう感覚は言葉にするのが難しいのだが、幽体離脱するような感じだと言えばいいだろうか。
もちろん本当に魂みたいなものが抜け出すわけではなく、それはあくまで比喩であり、実際には自身への客観視が極端になるということだと思う。
自分が今ここにあることへの不思議と無意味が虚無感とともに頭から抜けるように立ち昇る。
掌を眺め、無駄に閉じたり開いたりして、これが現実であること、意識の主体が身体を伴っていることを確認したりする。
そのことにも大した意味はない。

意識とか精神とか魂といったものは、須らく脳内の電気信号である。
つまり身体(脳だけでもいいのかもしれないが)が存在して初めて発現し、機能する。
私は「頑張る」ことを軸とした精神論は嫌いではないが、現実的には物心二元論みたいな考え方はあり得ない。
世の中はどこまでいっても「物理」である。
これは学校で習う物理という科目ではなく、エンターテイメントとしてのゲームでいう魔法や精神に対する物理である。
目で見て触れられるものと言っても良さそうだが、電気信号などは見えもせず触れられもしないので、やはり少し違う。
何が言いたいって、気の持ちようで変わることはたくさんあるが、気持ちではどうしようもないこともたくさんあるということ。

新居の少し持て余すくらい広い部屋は、何もせずにいると静けさが際立つ。
妻は物が少なく味気ない部屋を嫌ってか、壁のあちこちに剥がせるウォールステッカーを貼ったり、装飾になるような写真や模擬植物を配したりと、自分が満足できる空間を作ることに余念がない。
私は日々増えていくそれらをなんとなしに眺め、「あぁ、また増えたな」とただそう思う。
興味はないので、好きにしてくれたらいい。
食事をするダイニングと別にリビングがあり、テレビはリビングにあるのだが、私はほとんどリビングに立ち入らないのでテレビもまた見なくなった。
家でさほどくつろぐような時間はない。
仕事を終えて、飯を食って、そのままダイニングで腹を落ち着かせてから洗い物をすれば、すぐに風呂に入って寝る時間になる。
そういう淡々とした日常が送れることは嬉しい。
退屈に思うこともあるが、望んで手に入れたものだから。

世の中はハロウィンだとかで賑やかである。
興味がなさすぎて言及することさえ思いつかない。
とりあえず、今電車の座席でスマホでブログを書いているのだが、向かいの席の若い女性がハロウィン帰りのようである(ハロウィン帰りってなんだ?)。
目の下のハートマークのメイクがそのまま残っている。
やけに丈の短いスカートは仮装の衣装そのままのようで、その上にファーのコートを羽織っている。
疲れた表情は「残骸」という言葉が相応しく、「魔法が解けたシンデレラのようだ」とはお世辞にも言えない。
とりあえず、その短いスカートで脚を組み替えたりされては、オジサンはとても気になる。
そういうのは綺麗とか汚いとかとは別の話。

少し肌寒くなってきた。
風邪も流行っているが、風疹も流行っているらしい。
妊婦が感染すると大変だということで、しばらく前に私も予防接種を受けてきた。
私の年代は風疹予防が義務付けられていなかったそうである。
散々「副反応で数日後に発熱します」と脅されていたのだが、そんなことはまったくなかった。
だから効いているのか疑わしく思ったりもする。
言い出したらキリがないが。
風邪もひかない方がいいだろうと思って、最近マスクをしている。
予防への効果は疑わしいらしいが、しないよりはいいだろう。
ただし出かけるときに付け忘れるので、会社に常備しておいて、社内と退勤時に付けている。
なんとも中途半端。
そういえば、風邪はひいていないが、しばらく口内炎に悩まされていた。
放っておけば治るだろうと思っていたが、内側の歯茎にできてしまって、常時舌が当たって治らない。
食事のたびに痛くてストレスだったのだが、会社でそんな話をすると「塗り薬ですぐ治るよ」と教えてくれた。
口内炎ごとき」と思っていたが、試しに買って塗ったらすぐ治った。
私は頭の固い人間を自認しているが、人のアドバイスは素直に聞く方がいいときもあると再認識した。

妻の腹の子は男の子らしい。
エコーの写り方によっては判別の怪しいこともあるようだが、今回は「間違いないでしょう」と医者に太鼓判を押されるくらい、ついてるものがついてたらしい。
私はどちらでも良かったが、義父は喜んでいたそうである。
義父は養子で、その義父もまた養子、妻の実家は一般的には「女系」などと言われるのだろう。
科学的には男女の別は50:50、諸条件で数%前後する程度のようなので、偶然や迷信の類と言われるようなものではある。
ただ迷信というのは解釈の問題であって、科学的に不適当だと言ってしまうようなものでもないと思う。
義父やその義父、あるいはその妻らが負った男児を産むことへのプレッシャーというのは、それなりのものであっただろう。
「女系だから仕方ないね」というのは、家族にとって最も納得のいく、気持ちを落ち着かせる解釈だったかもしれない。
さておき、そんな背景を知らない人たちの勝手な予想というのは、みんな「男の子じゃない?」というものだった。
競馬だったらオッズ1.0倍。
賭け事が成立しないレベルで妻や私の友人たちは好き勝手言っていた。
理由は「なんとなく」なのだから、それが的中してしまう偶然というのは恐ろしいものである。
まぁ、かく言う私も「どっちだと思う?」と聞かれて男だと答えていたのだが。

本当は今回書いたことを、もっと1つ1つ膨らませて1記事ずつ書きたいところだったのだが、時間がないのでダラダラまとめて書いた。
まとまりがないけど、消化不良になるよりマシか。
ちなみに競馬、先日の天皇賞・秋3連単が的中した。
前日のスワンS3連単はモズアスコットが差されて惜しい形で取りこぼしていたので悪い流れかと思ったが、より大きいものが後ろで控えているありがたい流れだった。
これで今年も収支プラスの逃げ切りをかけられるかなぁ。
そんなこんなで、言ってる間に忙しい年末が見えてきそうな今日この頃。