異呆人

毒にも薬にもならない呟き

うちはうち、よそはよそ

妻が久しぶりに友人と食事に出かけた。

しばらくロクに食べられなかった状態から解放され、良い気晴らしになったのではないかと思った。
帰ってきてから楽しかったか尋ねると、「楽しかった」と答えながら、「半分以上、友達の旦那さんの愚痴を聞いてた」とも答えた。
その日は既婚の友人2人との食事だったそうなのだが、2人とも家事をしない夫の不満を述べていたそうである。
そのうちの1人にいたっては、「夕飯に丼物や麺類を出したり、お惣菜を買うと手抜きだと怒られる」そうで、またその子が料理があまり得意ではないから余計に悩んでいるらしい。
今どきそんなことを言う男がいるのかと思ったし、そこまで言うなら自分で作れと思うのだが、まぁ夫婦関係というか家庭の事情は様々なのだろうから、他人がとやかく言うことではないのかもしれない。
少なくとも私がその夫の妻なら、とりあえず実家に帰るくらいのことはする。
 
我が家では私が普通に家事をする。
と言っても、最近は妻が家にいるようになったので、家事の配分は妻の方が圧倒的に多い。
洗い物とゴミ出し、週末の料理と掃除くらいである。
あと、自分の昼食である弁当は作っている。
その程度でも夫がまったく家事をしない彼女たちからすると、今どきの若者風に言って「マジ、神!」らしい。
 
大げさだと思うが、彼女たちにとっては実感のこもった感想なのかもしれないし、ただ大変だなぁと簡単な同情をするしかない。
 
最近は夫婦共働きの家庭が増え、ワンオペ家事・育児なる言葉も登場し、家事を労働と捉えて時給に置き換えてみたりして、「ナンボほど大変やと思ってんねん!」みたいなこともよく言われる。
しかし私の考えはむしろ逆で、家事そのものはやはり仕事とは別の日常生活そのものだと思っている。
だから安易に仕事と比べたり時給換算することは、問題の本質を逸らしてしまうのではないかと思う。
時給換算して金銭価値に置き換えるということは、仮に共働きで夫の方が稼ぎが多かった場合、「俺の方が稼ぎが多いから家事分担は少なくていいだろ」という主張に正当性を与えることになる。
そうではなく日常生活を送るのに必要なこと、飯を食ったり風呂に入ったりすることの延長なのだから、お互いに気持ち良く分担できればいいのではないかと思うのである。
基本は時間と手の空いている方がやればいいし、お互いが自由な時間を均等に持てるように配分すればいいと思う。
2人とも忙しくて余裕がないなら、料理は惣菜を買ったり家事代行を頼むなり、時間と手間を金銭で買うしかない。
 
 
こういう「家事をしない夫」の愚痴を聞くたび、それは話し合ってどうにかできないものだろうか、と思ってしまう。
不満は言わなければ伝わらないし、それを察してくれというのは傲慢だろう。
言っても聞いてくれないとか、話し合いすら難しいような状態なら、そんな相手と何十年も一緒に生活することは苦痛ではないだろうか。
いろんな問題があるのだろうが、そういう生活を続けるということは、そのライフスタイルを許容していることになる。
社会的・文化的背景なんてものはすぐには変わらないのだから、入口の段階で「家事をしない男とは結婚しない」みたいな風潮にならないものだろうかと思う。
 
まぁ、ならないんだろうな。
女性が結婚相手や交際相手に求めることも、そういった生活云々や話し合いができる相手か云々といったこととはズレている気がするし。
 
ともかく、家庭の事情なんてものは様々なのだから、社会一般や他人の家庭と比較するのではなく、「うちはうち、よそはよそ」で互いに満足できるルールで生活すればいいのだろう。
 
そういう愚痴を言う人も、愚痴を言いながらも「相手が好きだから許容できる」とか思っている部分はあるのだろうし。
そんなことを言い出せば、未来永劫この問題は解決しない気がするが。
ちなみに私が率先的に家事を行う理由の一つは、空いた時間を好きに使っても文句を言われないようにするためでもある。
自由な時間くらいゲームしたいし。
最近はMMORPGにハマっているので、仲間と一緒に狩りに出かけたりする。
妻はその間、自分が放ったらかしにされるのが気に入らないらしい。
まぁそんな不満も「うちはうち、よそはよそ」ということで、大目に見てもらいたいものである。