異呆人

毒にも薬にもならない呟き

お盆休みと新幹線とジェネレーションギャップ

ここ数日、書きたいことがいくつかあったのに、なかなかブログに振り分ける時間がなかった。

時間がなかったというより、私は妻の前でブログを書かないことにしているので、書く隙がなかったと言っていいかもしれない。

妊娠後、妻はつわりが重くて主に家で突っ伏している。

妻が常に家にいると、私はブログを書けない。

加えて今、家事は私がほとんどすべて行っている。

普段から家事配分は多めにやっているつもりなのだが、仕事をしながらほとんどすべての家事をやるとなると些かしんどい。

暑さも盛りの今日この頃、年齢的にも「体力に余裕があります」と言えるほどではない。

普段からワンオペ家事とか育児とかやってるご婦人方は、さぞかし大変だろうなと思う。

 

さらに、仕事でちょっとしたいざこざがあった。

私が担当しているある取引先から、「担当を変えてほしい」という申し出があったらしい。

その取引先の担当者からは今までにも何度か苦情めいた申し出があり、またかという感じだった。

はっきり言って、私と馬が合わないのだ。

最初の苦情だけは完全に私が悪かったなと思ったが、他はほとんど言いがかりである。

今回の件も似たようなものだった。

私としては「私が悪かったです」と言うべきところなのか、「いや、言いがかりでしょ」と食ってかかるところなのか、悩ましいところだった。

私は冷静で落ち着いていることがウリではあるが、筋の通らないことを簡単に認められない性分で、相手が誰だろうが譲らないときは譲らない。

数日、本当に私を担当から外すべきか、外したらその後の体制をどうするか、そんなことをすったもんだ社内でやっていて、その間ずっと悶々としてストレスフルだった。

 

それが、思わぬ方向でオチがつく。

「いや、担当を変えるなんて、とんでもない」と先方が言い出したのだった。

その取引先からの苦情を受けたのは、形の上でその取引先との話を仕切ることになっているB部長だった。

このブログにも遣る方無い憤懣を何度か書いているのだが、B部長は社内でも仕事をしないことで有名な人である。

とりわけその被害を多く被ってきたのは一緒に仕事をする機会の多かった私で、数少ない私が嫌いな人である。

私の嫌悪感はおそらく伝わっており、相手も私を疎ましく思っていると思う。

今回の苦情はそんなB部長が窓口となって受けたので、別のA部長が念のために苦情の温度感を他の営業員に探らせた。

そして前述の発言に至る。

「苦言は呈したが、仕事はよくやってもらっているし、変えられるのは困る」と。

むしろ「B部長が全然話に取り合ってくれなくて困る」と言われたらしい。

先方が前言撤回したのか、B部長が温度感を掴み損ねたのか、あるいは誰かの悪意があったのか、真相はわからないまま事は丸く収まった形にされた。

私の怒りと自己嫌悪は、どこにも行けずに私の中を回遊している。

そんな状態で、お盆休みである。

 

小田原から地元の大阪に向かう「ひかり」に乗る。

新横浜に出るのは少し面倒なので、住居を変えてからこの1年くらいはそれがお決まりのルートである。

その新幹線の中で、カタカタとキーボードを叩きながらこの記事を書いている。

妻は置いていくことにした。

自分の実家に帰ってもらい、のんびりしてもらった方がいいだろう。

義実家に行っても、ストレスにしかならないと思う。

私は祖母が今年に入ってから亡くなっているので、新盆ということもあり、帰ることにした。

供養のやり方というのはいろいろあるだろうし、私の考え方もそれとは別にあるが、まあ「郷に入っては郷に従え」である。

 

そういえば、私の中で「ひかり」のイメージは昔の0系とか100系の車両のイメージである。

あの丸っこい鼻の、どこかしら愛嬌のある例のアレである。

私がまだ少年だった頃に「のぞみ」は登場しており、シャープな車体と従来の車両より大幅に最高速度が伸びたことに興奮したものだったが、それでも私の中での「新幹線」はあの丸い鼻のイメージなのである。

「新幹線の絵を描いて」と言われたら、迷わずあの鼻から描き始めるだろう。

それだけ0系の車両というのはキャッチーだったと思う。

もし今の子供たちに「新幹線の絵を描いて」とお願いしたら、N700系の車両を描くのだろうか。

あるいは青いラインの入った東海道新幹線ではなく、赤い「こまち」や緑の「はやぶさ」といった東北新幹線を描く子供もいるかもしれない。

0系車両なんて、興味を持って調べでもしない限り、知る機会はないだろう。

 

話は変わるが、皆さんは「ひらけ!ポンキッキ」をご存知だろうか。

あるいは「ポンキッキーズ」と言った方が通りがいいだろうか。

どちらにしろ、あの有名な赤と緑の怪物が登場する子供向けのTV番組である。

あの番組は放送されていた時代によって、名前が少し変わっている。

それが前述の「ひらけ!ポンキッキ」と「ポンキッキーズ」である。

私が主に視聴していた時分は「ひらけ!ポンキッキ」だったのだが、その話を妻にすると「『ポンキッキーズ』なら知っている」と言われた。

妻は私よりほんの少し歳若いだけだが、それでもジェネレーションギャップは存在する。

概ねどうでもいいことについてなのだが、私が会話に織り交ぜる細かいネタが通じないことがしばしばあって困る。

私はそういうわかる人にだけわかるライン際ギリギリを攻めるトークが好きなのだが、妻のジャッジにおいてはラインアウトになるようである。

いわんやそれより若い世代においてをや。

 

仕事で接する取引先の現場のスタッフたちは、ハタチ前後の若い人が多い。

最近は書類で「2000年生まれ」とか見て、少したじろいだ。

何もたじろぐほどのことではない。

2000年生まれだって、もう18歳である。

今のご時世では立派な有権者となっている。

私はまだまだ若いつもりでいるのだが、物理的な隔世を少しずつ感じる機会が増えている。

前述の仕事の件では上司から「お前も30代半ばなんだから、そんなに尖ってないでもう少し丸くなれ」と諭された。

言わんとすることはわかるし、そうでなければなと思うこともある。

いや、これでも丸くなった方だと思うよ。

でも、「そんな大人になりたくない」と思ってた時期もあったし、かたや「そんな跳ね返り方がカッコいいなんて思ってるなよ」という気持ちもあるのだ。

 

なんて、のんびり独り帰省なので自省してみたり、どうでもいい思考を広げてみたりする。