異呆人

毒にも薬にもならない呟き

ジャック・スパロウ事件

syuten0416.hatenablog.com

 

先日、この記事で医学生の後輩について書いていたら、彼との愉快な思い出を思い出したので、せっかくだからブログのネタにしようと思う。

彼(N君としよう)は大学5年生だったとき、当時社会人となり新潟に勤務していた私のところに遊びにきてくれたことがある。

厳密に言えば遊びにきたわけではなく、勤務先探しとしての病院見学を兼ねて来たのだが。

なんでも、見学したい病院の候補に新潟の病院があり、「そう言えば、新潟なら朱天さんがいるから、ついでに遊びに行ける」となったようである。

まぁ宿泊費や旅費は見学先の病院が出してくれるんだったかなんだったかだが、私のところに泊まれば費用も浮く。

打算的な男ではないが、それくらいの算段はあっただろう。

 

N君は来るにあたって、どこか遊びに行けるようなところはないか、きちんと下調べしていた。

このあたり、彼は非常にきっちりしている。

そして来るなり、「謙信公祭に行きたいんですけど!」と言ってきた。

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「謙信公祭」ってなんぞやと思ったが、上杉謙信を讃える祭りのようである。

面白いのは一般市民が甲冑を着用して武者行列を行うこと。

中でも目玉は最後に行われる模擬合戦で、特に当時は大河ドラマ上杉謙信景虎)役を演じていたGACKTが謙信役で登場するということで話題だった。

場所は上越なので私が住んでいた長岡近辺からは少し距離があったが、こんな機会でもない限り行かないだろう。

私はN君の依頼を快諾した。

 

この謙信公祭、どこか1ヶ所で催されるわけではない。

謙信に縁のある複数の寺社や城址でそれぞれに行われるので、それを順繰り見て回ることになる(そう記憶している)。

最初に行ったのがどこだったかは忘れた。

これが何某の墓だとかなんだとか見て回っていると、武者行列がやってきた。

どうも「戦勝祈願に来た」という設定らしい。

一般人らしい甲冑を着た人が何か台詞を喋っている。

(あの甲冑はどこで調達するのだろう?)なんてことをボーッと考えていると、N君が急に「先輩!大変です!ジャック・スパロウがいます!」と興奮気味に話しかけてきた。

パイレーツオブカリビアンを視聴していなかった私は、「何?じゃっくすわろー?新種のツバメ?」みたいな反応をしてしまったが、武者行列を改めて眺めるとすぐに理解した。

武者行列の最後方、見物人というには近すぎる距離に、明らかに来るところを間違えているパイレーツでカリビアンな男がいた。

腕組みをし、退屈そうに行列の後ろに立っている。

パイレーツオブカリビアンを視聴していなくて、ジャック・スパロウという名前を知らなくても、すぐにそれとわかるほどの見事なコスプレ。

ただし、場違い。

 

なぜその格好で来たのか。

ものすごく出来は良いが、なぜジャック・スパロウなのか。

日本まで遊びに来ましたよ、みたいな設定なのか。

それとも単に彼のコスプレのレパートリーがそれしかないのか。

っていうか、ここは武者行列であってコスプレ会場ではない。

いや、武者行列もある種のコスプレか。

驚愕と笑いが私の胸中を渦巻く。

周囲の見物客も明らかに反応に困っている。

なにせ武者行列の人たちは真面目に武者を演じているのだ。

笑ってしまうと真剣なムードに水を差す。

そう、列の最後尾にいる異分子に気付かないくらい真剣なのである。

いや、パイレーツでカリビアンな彼も何か余計なことをしているわけではない。

設定を間違えた格好で、少しばかり近くで見物しているだけである。

その後、武者行列は無事に終わった。

ただしこちらの頭の中は、もうパイレーツでカリビアンである。

 

それからN君と昼食をとった。

本当なら新潟の美味いものでも食べに行きたいところだが、あいにく謙信公祭というイベントをやっている日である。

めぼしい飲食店は長蛇の列だった。

仕方ないのでN君にはローカルなファミレスで我慢してもらうことにした。

ファミレスなら多少混雑していても回転が早いはずである。

ウェイティングボードに名前を書いて待つ。

すると、ほどなくしてパイレーツでカリビアンな男が入店してきた。

N君と顔を見合わせる。

まさか、あの格好のままファミレスに入ってくるとは。

どうやら彼はこの後も、しばらくジャック・スパロウでいるつもりらしい。

するとN君が私の耳元で囁いた。

「先輩、あいつなんて名前書くんですかね」

なるほど、いかにジャック・スパロウといえど、ここで飯を食うにはウェイティングボードに名前を書いて待たなければならない。

あの格好で山田君だったら、ちょっと面白い。

パイレーツでカリビアンな男は紙にペンを走らせた。

それを見計らい、N君は順番を確認する風にウェイティングボードを覗きに行った。

そして、笑いを噛み殺しながらN君が戻ってくる。

「先輩、あいつ、やりました。『ジャック・スパロウ』って書いてました」

N君はもう我慢できないと、笑いをこぼしながら報告してくれた。

あっぱれ、見上げた心意気である。

彼は本当に今日一日、ジャック・スパロウを演じ切るつもりなのだ。

しばらくすると、順番が来て席に案内された。

店員が「1名でお待ちのジャック・スパロウ様」と言う場面に立ち会えなかったことが残念で仕方なかった。

 

それからいくつか史跡を巡り、あとはクライマックスの模擬合戦を残すのみとなった。

「先輩、あいつ、来ますかね?」

「さあな。来たら、確信犯だろうな…」

もう2人の頭の中は、模擬合戦よりもジャック・スパロウでいっぱいだった。

2度の邂逅を経て、なんだかあのパイレーツでカリビアンな男が旧知の仲のように思えてきた。

いるんじゃないか、いや、いてほしい。

そんな気持ちと同時に、広い模擬合戦の会場で鉢合わせる可能性は、現実的には低くも思えた。

N君と2人、会場の一角に陣取り、GACKT率いる上杉軍ではなく、海賊王でも目指していそうな男を待った。

すると彼は現れた。

私たちが見物する場所の数メートル前方。

間に人が何人かいたので見えづらかったが、あの帽子は見間違えようがない。

「先輩、いましたね…」

「ああ、いたな…」

私とN君は感慨に浸っていた。

 

その後、模擬合戦が行われた。

騎馬まで持ち出しての合戦は迫力満点で、この時ばかりは本来の目的を思い出さされた。

GACKTもなかなか魅せ方が上手で、流石にここでは役者が違う。

そんな劇的な模擬合戦の終盤、もう一つ劇的なことが起こった。

パイレーツでカリビアンな男が後方、いや明らかに私たちの方を振り返り、カップのビールを持った手を掲げてニヤリと笑ったのだ。

うん、確かにそのコスプレにはビールがよく似合うね。

模擬合戦の騒音の中、N君が叫ぶ。

「先輩!あいつ確信犯ですよ!」

間違いない。

なぜ彼が私たちをターゲットにしたのかはわからない。

しかし、私はとても良いものを見せてもらえたと思った。

最後には目と目で通じ合えた気さえする。

私は生涯忘れないだろう、ジャック・スパロウ、君のことを。