異呆人

毒にも薬にもならない呟き

ひらひら、ふらふら

今週のお題「お花見」

 

会社の花見があった。

本当はオフィシャルに開催するはずだったのだが、社長の都合が合わず、「自分がいないのにオフィシャルとは何事だ!」という社長の意見によりその企画はボツとなり、気心知れた有志だけで開催することになった。

社長の意見には甚だ異論があるのだが、私個人としては、あるいは他の社員にとっても有志での開催になったのは気楽でありがたいことだった。

社長とか役員が来る飲み会なんて気を遣うだけで、一般の社員にとってはろくなものではない。

なぜそんなことをすることになったかという経緯もいろいろあるわけだが、それはもうこの際どうでもいい。

言っても詮無い話。

花見をやろうがやるまいがどちらでも構わないと思っていた私のような人間からすれば、アンオフィシャルになって良かったというだけでいい。

 

場所は代々木公園ですることになった。

場所取りから飲食物の準備まで、すべて後輩が取り仕切ってくれた。

私は何もしていない。

ただ行くだけである。

友人たちの間では今も何かあればホスト側に回ることが多いが、だんだん年齢を経てくれば、そういうものは若い人に任せなさいとなるのが世の習わしらしい。

そうは言ってもお目付役的に幹事を任されることもあり、花見がオフィシャルでなくなった代わりにすることになったオフィシャルな飲み会は私も幹事なのだが、それはまた別のお話。

余興を入れろとかなんだとか、今の社長は仕事と関係ないどうでもいいことばかり口うるさい。

あぁ、つい愚痴が出てしまった。

 

代々木公園に行くために原宿で下車したのだが、休日の原宿は老若男女国籍問わず尋常ならざる人出だった。

場所取りされた位置がわからないので後輩に駅まで来てもらう手はずだったのだが、合流するだけで一苦労である。

たぶんそれはその場にいた多くの人たちも同じことなのだろう。

各々待ち人を探して、きょろきょろとあたりを見回していた。

余談だが、こういう待ち合わせをしている人たちがたくさんいる場所は好きだ。

いろんなストーリーが妄想できて面白い。

 

肝心の桜はもう散り始めていた。

急に暖かくなったこともあるだろう。

今年の桜は少し気が早いらしい。

いや、急かされるように咲き始め、追い立てられるように散り始めたのかもしれない。

「無理言うなよ。俺だって咲く時期は選べないんだぜ」と言われそうな気もする。

すでに緑が見え始めている桜の木々を抜け、後輩の案内のままにブルーシートで占められた一画に到着した。

思ったよりもスペースに余裕があった。

駅周辺から公園に入るまでは混雑していたが、奥の方まで進むとそうでもないらしい。

これなら落ち着いて酒が飲めるなと思った。

 

メンバーが揃い切るのを待たず、缶ビールを開けて宴が始まる。

宴といっても騒ぐでもないし、何をするわけでもない。

他愛ない話をしながら、酒を飲み、肴をつまむだけである。

食べ物はどこぞでオードブルを頼んだらしい。

それと同僚が、いなり寿司や巻き寿司を作ってきてくれていた。

なかなかの量であり、なかなかの味だった。

彼女は3歳になる娘を連れてきていた。

ある意味、この花見を最も楽しみにしていた人間である。

かなりの酒好きだが、幼い子供がいると飲み会に参加できない。

子供を連れてきても大丈夫な休日昼間の宴会など滅多にない。

 

散り始めた桜の花びらが風に舞う。

桜吹雪。

紙コップに入ったそれを、そのまま飲み干したり、吐き出したり、気の向くままに弄ぶ。

暖かい。

周囲のグループは一体なんの集まりなのだろうか。

女子会らしきものもあれば、360度撮影可能なカメラを持ち出して酒盛りしているグループもあるし、ダンスを踊っている少し年齢層が高めのグループや、2人でこじんまりお酒を飲んでいる若いカップルもいる。

きっとそれぞれに物語があり、そのいくつもの物語が桜の下で同時展開されているのだ。

いや、それは普段の日常生活でもそうで、通勤電車の中にも、買い物をするスーパーの中にも、病院の待合室にも物語が溢れているのだ。

実に面白い。

 

話の輪には半分くらいしか加わらず、桜と周囲の人々を眺めながらそんなことを考える。

少し寒くなってくる。

日が傾き始めたこともあるし、酔いが少し醒めてきていることもありそうだ。

防寒具は持ってきたが、それを出すほどではない。

身体をさすりながらコップの中の日本酒を煽る。

酔っているのか酔っていないのか自分でもよくわからない。

そうするうちに、隣に座っていた同僚が腰を上げた。

「もうそろそろ限界かな」と彼女は娘を見て言った。

見ると、退屈を通り越して眠たそうにしていた。

賢明で妥当な判断である。

 

しかし、立ち上がった彼女は靴を履こうとしてふらついた。

顔は平気そうだが、日本酒をかなり飲んでいたので流石に酔いが回っているらしい。

私は駅まで送ることにした。

人混みの中、幼い娘を連れて歩かせるのは心配だった。

彼女は素直に申し出を受ける。

娘はようやく帰れることがわかり、少し嬉しそうにした。

行き交う人の流れに飲まれないように、ゆっくりと3人で歩く。

彼女の娘は縁石の上を歩きたがった。

私も幼い頃はそうだったなと思い出す。

きっと今のあの子にしか見えない道があり、見えない世界があるのだ。

それがいつからか実際の世界と重なり、言葉を介して人と世界を共有するようになる。

そうやって少しずつ大人になっていき、わかるようになり、わかったふりをするようになる。

 

娘より、彼女の方が足取りは怪しかった。

娘に引っ張られるように歩いている。

私はそんな娘の隣を歩く。

最初は楽しそうに人混みの間を縫うように歩いていたが、そのうち疲れた表情になってきた。

幼い子には、人混みの中を歩くだけでも疲れるのだろう。

疲れたせいか、娘は何かを掴もうとおもむろに手を伸ばす。

そして私の手を握った。

両手をそれぞれ彼女と私に預け、ぶら下がるようにして歩いている。

パラレルワールドかもしれないな、と思った。

 

手に入らないとわかっている分別がそれを美化する。

手に入れることがいいことではないとわかっている分別がそれに感傷を加える。

だからこれでいいのだ。

ひらひらと、ふらふらと、桜と酒に酔っているだけで十分なのである。

 

シンパシー - 異呆人

シンパシー② - 異呆人