異呆人

毒にも薬にもならない呟き

生まれて初めてのホワイトデー

今週のお題「ホワイトデー」

 

まだバレンタインもホワイトデーもよくわかっていなかった小学生の頃、初めてバレンタインデーにチョコレートを貰った記憶が鮮烈に残っている。

それは嬉しかったからでも何でもなく、意味を理解していない少年にとって、バレンタインというものが不条理小説のようなインパクトを持っていたからだと思う。

普通に考えれば、何の前触れもなくいきなりチョコレートをプレゼントされたら、頭に?マークがいくつも浮かぶだろう。

そういうことである。

 

だから小学生低学年のときに初めてバレンタインのチョコレートを貰ったときも、私にはそれが何か理解できなかった。

あとで親に聞いて、そういうものがあるのだと知った。

それは同じマンションの上の階に住んでいた同級生の女の子がうちに持ってきたのだった。

彼女はそれを私に手渡すなり、何も言わずにすぐ去っていったので、私は呆気にとられた。

仲が良かったというほどではない。

家が近いし、集団登校の班が一緒だったとか、その程度の繋がりだったと思う。

気の強いところはあったが、裕福な家庭のお嬢さんだったので、淑やかな雰囲気もあった。

特段、意識していた記憶はない。

 

手渡された箱には手作りだろうハート型のチョコレートが入っていた。

味に関する記憶はない。

大きかったので少し食べたあと冷蔵庫に入れておいたら、家人の誰かが食べてしまったような気がする。

嬉しかったということもない。

むしろ自分が知らないそんな風習があるのだということへの驚きの方が勝っていた。

そんな状態だったので、お返しをするホワイトデーなるものがあることも知らなかった。

 

ホワイトデーの準備は母親が勝手にやっていた。

細長いストローみたいなものの先に飴玉が付いたものを束ねて花束のようにしたものを持たされ、「これを持って行きなさい」と言われた。

今にして思えばなかなか洒落た品である。

ただ当時の私からすれば、初めて訪問する家にそんなものを持って行く恥ずかしさと緊張だけが頭の中を占めていた。

お返しをするといっても、私は相手のことをどうとも思っていない。

むしろ相手がくれたチョコレートの意味すら正確にはわからない。

無言で手渡されたのだから。

私は彼女の家に行き、彼女がそうしたように飴玉の花束を無言で手渡し、逃げるように家に帰った。

その後どうこうなったということもない。

少なくとも私の中では、まるで何事もなかったかのように日常が回っていた。

 

そんな感じだったから、私はときどきその記憶が自分の中で捏造されたものではないかと疑うことがある。

まるで日常の生活から切り離されたように起こった出来事だったから。

でもたぶんそれは本当にあったことなのだろう。

思い返せば、そんな思い出は他にもいくつかある。

削り取られ、忘却され、記憶は地続きではなく、宙に放り出されたように浮いていく。

だから思い出として完結するのだろう。

一つの物語として。

ホワイトデーはその中でも古い記憶の一つである。