異呆人

毒にも薬にもならない呟き

不在と不在と不在

新婚旅行に行っていた。

このブログのどこかの記事でも触れたかもしれないが、西オーストラリアのパースという美しい街である。

入籍も挙式も昨年の早いうちに済ませていたのだが、新婚旅行は妻がオーストラリアに行きたいということだったので、こちらが冬、つまり向こうが夏になるまで待っていたのだった。

どうせわざわざ南半球まで行くのなら、寒い日本を抜け出して暖かい(むしろ暑い)国に行きたいと思うのが人情である。

 

6泊7日、実際には移動に1日かかるので、現地に滞在していたのは5日間ほどだった。

私は、海外旅行はずっとめんどくさいと思っていて行ったことがなかった。

その認識は今でも変わらないのだが、今回の旅行は本当に行って良かったと思った。

それはパースを中心とした西オーストラリアがとても素晴らしかったことによる。

治安の不安が少ないし、英語なら多少は理解できるのも安心だった。

地中海性の気候はとても心地よく、適度に都会でありながら海や川や緑がすぐ近くにあった。

もちろん少し郊外に出れば、そうそうお目にかかれない大自然が待ち受けている。

旅行記を書けばブログ記事5,6本はすぐ書けるだろう。

時間のあるときに、書きたいとも思っている。

 

旅行中は社用携帯は置いていった。

国際通話が必要になるほどの、差し迫った重要な仕事はない。

まったく仕事のことを考えなかったのも良かったかもしれない。

海外で使用できるレンタルwifiを持って行っていたので、同僚には何かあったらLINEで知らせてもらうようにしていたが、結局一度も連絡はなかった。

気を遣ってもらったのだとは思う。

逆に日本に帰って来た今は、溜まっているであろう仕事のことを考えて、少し憂鬱な気分になっている。

 

だが、すぐには仕事に出ることができなくなった。

祖母が亡くなった。

先日のブログ記事にも書いたが、いつとも知れぬ状態ではあった。

私はその報せを、帰国の途についた日の夜に、経由地のシンガポールで受け取った。

周囲も、本人も、十分に心の準備ができていてのことだったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。

すぐに通夜と告別式の準備がされた。

日本には機内泊で朝に着いたのだが、その日に荷物の片付けをし、そして翌日に通夜に出るために地元に帰ることになった。

この記事は帰省の新幹線の中で書いている。

明日出社する予定は、告別式のため1日延びた。

会社の上司には連絡を入れてある。

 

加えて、妻がインフルエンザに罹患した。

旅行の後半から体調が良くなさそうだったが、B型インフルエンザで発熱がほとんどなかったせいで、検査をするまで私も本人もそれとは疑わなかった。

持病の花粉症か喘息のような症状が出ていて、祖母の葬儀や仕事で病院に行けなくなる前にと、帰国してすぐ救急外来に行ってわかったのだった。

いくら義理の家族の不幸とは言え、インフルエンザの人間を連れて行くわけにもいかない。

そして私が行かないわけにもいかない。

だから旅行の荷物の片付けや洗濯をしながら、妻の身の回りの世話もできるだけしてから、私は彼女を置いて出かけることになった。

まぁ今時分はインフルエンザなど、薬さえ飲めば大したことはない。

四六時中一緒にいた私も感染している可能性はあるが、そんなことは今更気にしても仕方ないことである。

発症してから考えればいい。

ただし私の記憶のある限りでは、私はインフルエンザに罹ったことがないのだが。

 

そんなこんなでほとんど休む間がなく、おそらくそのままの流れで仕事に出ることになりそうである。

1日休みを挟める予定だったのだが、その休みがただないよりもハードな予定になってしまった。

さすがにしんどい。

ただ、誰が悪いわけでもない。

巡り合わせである。

そう承服しているから、誰に言うわけにもいかない愚痴を書き連ね、それで済ませることにする。

1枚だけ、旅行の写真を。

気慰みである。

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