異呆人

毒にも薬にもならない呟き

書く気にならない

大雪の翌日、有り余る休みを使ってのんびりすることにした。

特にすることもないのでダラダラとゲームをし、ゲーム関連の記事を1本だけ書いた。

時間があるから雑記でも書こうかなと思ったが、あいにく何も出てこない。

年末年始くらいまでは「書きたいことがあるけど書く時間がない」という状態だったのが、年明けてしばらくすると「そもそも書きたいことがない」という状態になってきた。

これまでは、書きたいことがあったときはネタだけメモしていたのだが、年末は忙しくてそれもままならないというか、思い浮かんでは消えていくだけだった。

どうしようもない。

だから今のどうしようもない状態と気持ちをこうして綴っている。

 

もともとブログを書いている目的は、インプットに対するアウトプットである。

日々いろいろ吸収する情報に対して、自分なりの考えをまとめるために使っている。

吸ったら吐かないと呼吸にならない。

だから吐き出す。

吸って吐くことで自分が形成されていく。

そう考えると書くことがない、書く気が起きないということは、インプットがないということなのだろう。

それに関して、多少の自覚はある。

新聞はずっと読んでいるのだが、最近は頭に入らないというか、興味を持てるものが少なくなった気がする。

字面を目で追っているだけ、というほどではないが、以前は「自分だったらどう考えるか」、「この情報から自分が得るものは何か」と考えていたものが、自分とは関係ないどこかの誰かのこととしてしか入ってこない。

実質的なインプットが減れば、アウトプットする必要も減る。

だから書かなくなった。

 

原因は不明。

多少仕事が忙しくなった程度で、昨年と今年とで大きな変化はない。

無理に書く必要もないから、更新頻度が急減している。

だからどうということでもなく、何でもない。

自分の身に降りかかること以外どうでもいいと思えてしまうことは良くないという漠然とした感覚はあるが、焦りはないし、何をどうしたらいいかもわからない。

スランプみたいなものかもしれない。

定期的に訪れていた精神的な不調が、形を変えて顔を出しただけかもしれない。

仕事に関しても、会社の将来的なことを考えた判断とか、真に顧客のためを考えたやり方とかではなく、場当たり的な右から左をやってしまっている。

やることはやっているし、やっていることは間違っていない。

ただ気持ちが入っていないというか、投げやりになっているというか。

 

日常が上滑りしていく感覚。

それ自体は懐かしさを感じるものではある。

しかし関わる人も増え、処世術にも長け、世間的には順風満帆に準ずる状態で生ずるそれが、どういった意味を持つのかわかりかねている。

何かがある気がするのだが、像を成さない。

内省が足りないのだろうか。

そう言えば、最近は物思いに耽るようなことがない。

まあ、考え事は考え事で、良い効果ばかりではない、というかデメリットの方が大きかったりもするのだが。

 

いっそブログを閉鎖しようかとも思ったが、その判断は時期尚早だろう。

またそのうち気分が変わるかもしれない。

しばらくはスローペースで。