異呆人

毒にも薬にもならない呟き

回顧2017 〜その他〜

2016年の回顧記事、その他。

syuten0416.hatenablog.com

これからすると、2017年の最大のトピックスは結婚したことである。

籍を入れ、式を挙げた。

予定通り、何の問題もなく。

まぁ、妻が若干マリッジブルーっぽかったりはしたが、その程度は大した問題ではあるまい。

そう、去年と同じく予定調和。

 

私は結婚する前、常々、自分は他人と共同生活が営めない人間だと思ってきた。

実の家族と一緒に暮らすことすら嫌だった人間が、赤の他人と仲良く一つ屋根の下で暮らせるとは思えなかった。

その考えは半分は正解で、半分は間違っていたと、今は思う。

一緒に暮らし始めておよそ1年経つが、今でもやはり妻には気を遣っている。

不快な思いをさせないように言葉の端々に気をつけたり、家事などはできる限り最大限やったり。

妙な話かもしれないが、妻の前ではオナラをしないなどを自分にルールとして課し、律儀に守り続けている。

それは何というか、「家族」という感覚ではなく、「同居人」というような感覚に近い。

自分がどこかに線を引いている、相手に合わせることで問題を解決しようとしていると感じる。

だから「共同生活を営めない人間」というのは極端な思い込みだったにしろ、「共同生活を営むのに不向きな人間」だということは言えると思う。

 

しかし同時に、割り切れる部分は割り切れるものだな、とも思っている。

私は自他共に認める「自分ルール」の多い人間なのだが、本当に譲れない部分というのは思ったより少なかった。

それこそトイレットペーパーはシングルかダブルかとか、1回の食事にかける費用だとか、洗濯をするタイミングだとか、食材の保存の仕方だとか、違いを言い出せばキリがない。

それでも「一緒に暮らすのだから」と思えば、自分の細かいこだわりなどは思ったよりあっさり捨てることができた。

それについてのストレスはまったくないわけではないが、まぁ許容できるレベルである。

というか、許容できないストレスを抱え込むような相手だったら、そもそも結婚しなかったとは思うが。

 

長い通勤時間にも慣れた。

大抵スマホをいじって過ごしているので、時間が長いことはあまり気にならない。

私は出張が多いのだが、新幹線駅も空港も遠くなった。

朝起きる時間が早くなって、寝る時間が短くなった。

それら諸々の変化にも慣れた。

妻の職場、妻の実家にできるだけ近いところに住んでいるのだが、義理の家族とも仲良くやっている。

年末も義父と大いに酒を飲んだ。

非常に上機嫌で、楽しんでくれていたようである。

私は人付き合いに関してはそつがない。

気に入られたら気に入られたで大変なこともあるのだが、嫌われるよりは余程良い。

 

今年もきっと予想外の一大事などはなく、平穏無事に過ぎていくことだろう。

それは私が望んだもの。

面白くないかもしれないが、それでいいと割り切ったのである。

とりあえずのやるべきことは来月の新婚旅行。

あとは子供ができるなら、それがいつかというだけ。

長い目で見れば、のんびり気長に人生の終わりを待つだけである。