異呆人

毒にも薬にもならない呟き

新人研修をする社員の研修

10月から営業職として新入社員が1人入ってきた。

中途入社で、私より歳上の男性である。

私は管理職ではないので部下ではなく、歳上の後輩といった感じだろうか。

歳上にあれこれ教えるというのはやりにくいのだろうかとも思ったが、すごく良い人だったし、そもそも私自身が年齢とかあまり気にするタイプではなかったことを思い出した。

社会通念上、あるいは形式上、歳上に対して敬意は払うが、「年齢」とか「肩書」とかの「何であるか」という属性は、瑣末なことだと思っている。

その人に何ができるか、ということの方が大切だ。

 

新人研修は前回の社員から、私も一部担当している。

ただしメインでサポートする役ではなく、特定の科目だけ教えるようなものである。

新人に付いて教える役は、他の後輩が担っている。

その後輩たちの研修は、私は一切関わっていなかった。

当時は今以上に出張が多くてほとんど会社にいなかったので、物理的に不可能だったからである。

だから私は、今の会社ではメンターのような研修係はやったことがない。

一緒に仕事をする中で、折に触れていろいろ話をする程度である。

 

前回も今回もそうなのだが、教えている側の後輩から質問を受ける。

人に教える段になって、改めて知らないことに気づいたりするようだ。

それこそ研修係になることの効果であり、私より後に入った社員に研修させる狙いである。

知らないことは悪いことではない。

いや、厳密には仕事を進める中では知っておかなければならないのだが、知ったかぶりをしたまま仕事を進めるよりは余程良い。

「慣れ」というものは思考停止を招く。

知らなくても、形だけ真似していれば、仕事は進められるからである。

 

だから私は彼ら彼女らに教えるとき、「なぜそうするのか」といった理由や背景から説明するようにしている。

それが仕事の本質を理解するために必要だと思うからである。

普段何気なくやっているルーティンのような作業にも、本来は意味があるのだ。

それを知ることで、その作業のどこに注意すればいいのか、どこは適当で大丈夫なのかを知ることができる。

本質から逸れた部分に力を割くことは非効率である。

また、それをさせられる人間のモチベーションを下げる。

 

そうやって思考の棚卸しをするように教えていくことは、研修担当だけでなく、さらにその研修担当に教える私にとっても役に立つ。

私だって、常からすべての作業の意味を意識しながら仕事をするわけではない。

中には「何でこの作業をやってるんだろうね」と、自分で思ってしまうものもある。

そういう作業を見つけたとき、業務効率化のために廃止したり、やり方を変えるように上司に進言するのが私の役割である。

管理職は現場の作業の一つ一つには目を配れない。

会社が良くなるためにも、自分たちが楽をするためにも、そういうことはボトムアップでどんどん投げていけばいい。

それに耳を傾けるかは上司の度量次第であり、それが実現されるかは上司の力量次第と言える。

 

いろいろ後輩たちに話をする中で、私も長く居る人間になってきたのだなと実感する。

今の会社に来てまだ5年程度なのだが、歴史が10年少ししかないのでそうなってしまう。

主力商品の販売開始からは7,8年である。

当初は親会社からの出向社員が多かったのも、今は自前で採用した社員が大多数になった。

私は最初期のプロパー社員になる。

決して明るい未来が描ける会社ではないが、今回は沈むなら沈むで最期まで成り行きを見守ろうと思っている。

いやもちろん、さっさと安定した会社になってくれることが一番だが。