異呆人

毒にも薬にもならない呟き

休みの日の仕事の電話

この記事を書いている現在、残り少ない連続休暇を満喫している。

具体的には、大したことはせずにゲームばかりしてダラダラしている。

贅沢というのは、元来無駄なものである。

必要がないのに消費する、付加するから贅沢なのである。

つまり必要なことに時間を使わないこと、ダラダラ時間を過ごすことは贅沢だと言える。

たまには贅沢もいいではないか。

そんな風に自分に言い聞かせて。

 

ただ、休みではあるが、仕事の電話はバンバン入る。

業種にもよるが、営業職というのはそういうものだと思っている。

今の仕事は特にそうなのだが、取引先は土日祝日がかき入れ時なのである。

必然、仕事の電話も増える。

最近の若い人は(私も最近の若い人のつもりだが)、休みの日の仕事の電話を一切出なかったりもするようである。

私の周りにはいないのだが、電源を切ってしまったりもするらしい。

確かに時間外労働にもかかわらず、給料は一切発生しない。

杓子定規に物事を判断するなら、休みの日の電話には一切応じないのが正しいのかもしれない。

 

個人的には休みの日の電話は積極的に出るようにしている。

先方はこちらが休みだということをわかって電話をかけてくるのである。

それなりの用事か、そんなことを一切気にしない嫌な奴かどちらかである。

後者の可能性もあるのだが、前者の場合、対応すると非常にありがたがられる。

相手の身になって考えてほしい。

何かトラブルがあってすぐに対応しないといけないのに、取引先は休みである。

そんな状況で担当者の携帯に繋がって解決するなら、どれほど助かることだろうか。

それに電話応対なんてものの数分で終わる。

それで仕事がやりやすくなるなら、元を取ってお釣りがくるレベルである。

電話に出ないことでデメリットを被る可能性を考えると、コストパフォーマンスは抜群だと言えるのではないだろうか。

合理的に考えて、休みの日の仕事の電話には対応した方がいいと思うのである。

 

もちろん、どんなときでも電話に出るわけではない。

プライベートとはいえ、仕事と天秤にかけた時に仕事より重要なプライベートも山ほどある。

そんな時は、遅くなってでも折り返せばいい。

それをするだけでも、相手には誠意が伝わるものである。

また人によっては、仕事とプライベートの価値の比重が著しく異なる。

休みの日の仕事の電話に出ることが、誰にとってもハイコストパフォーマンスであるとは限らない。

 

最初に勤めていた会社で、あるとき休日の電話に気づかないことがあった。

後になって折り返すと、「急ぎだったから、別の会社に頼んでしまった」と言われた。

謝る私に取引先の担当者は「気にするなよ、大した注文じゃなかったから。でも、こういうこともあるもんなんだよ」と言った。

いつも良くしてもらっているベテランの工場長だっただけに、仕事を取れなかった悔しさより、彼の期待に応えられなかったことの方が悔しかった。

まだ20代前半の頃の話である。

今は業種を転々としつつも、職種は営業一本でずっと生きてきている。

そしてもう30歳を超えている。

プレーヤーで10年もやれば、十分に百戦錬磨になれる。

そうなって改めてその時のことを思い出すと、そこに一つのエッセンスがあるように感じる。

休日の電話に対応することは、目の前の仕事を処理するということ以上に、信頼感を勝ち得る手段になるのだなと思う。

 

だから私は休みの日の電話を積極的にとる。

妻はそんな私を若干白い目で見る。

外出先で電話応対の間、放って置かれると、自分の優先順位が仕事以下だと感じられるのかもしれない。

もちろん、そういう意味ではない。

口に出したことはないが、「仕事と私、どちらが大事?」という質問は、それだけで別れを決意するに足るナンセンスな問いだと思っている。

まぁ、営業の仕事をしたことがない妻には、休日の仕事の電話に出ることの価値がわからないのだとは思う。

わかってくれとは言わないが、受け入れてはほしいものである。