異呆人

毒にも薬にもならない呟き

夏祭り

妻の地元の祭りに参加してきた。

義父のたっての希望である。

妻の地元は漁師町で、神事と大漁祈願を兼ねたローカルな祭りが毎年催されているらしい。

白い装束と法被を着て、神輿を担ぐとのことだった。

身長はそこそこ高いが線の細いマッチ棒のような私は、神輿というものとすこぶる相性が悪い。

わかってはいたが、断るほどの理由ではなかったので引き受けた。

義父がすごく楽しみにしているのが透けて見える。

こういうとき、相手の考えが読めてしまうことはプラスに働かない。

 

祭りは2日間にかけて行われた。

初日、義父に連れられて、近所のいろんな人に挨拶した。

ほとんど誰も名乗らないので、誰が誰だかわからない。

義父が名前を教えてくれるのだが、覚えられない。

苗字ならまだ覚えられたかもしれないが、地方の集落では辺り一帯同じ苗字だったりする。

だから彼らは名前で呼び合うのだが、それが慣れないから覚えられない。

とりあえず、笑顔で挨拶しておけばいい。

笑顔で挨拶する人間を敵視する人は、世の中にそういない。

初めて履いた地下足袋が慣れなかった。

歩くと留め具がすぐに外れたり、足に食い込んだりして鬱陶しい。

 

神輿を担ぐ若い衆は、やんちゃなお兄ちゃんたちがメインだった。

髪の毛が赤だったり、緑だったり、妙な形のピアスをつけていたり、随分と個性的である。

でも意外と礼儀正しいところがあったりする。

お祓いをする宮司さんの話を聞いてなかったり、笛の音に合わせて口笛を吹いて茶化してりはしていたけど。

彼らにとって、祭りにどんな意味があるかは関係ないのだろう。

それが「祭り」であることに意味がある。

大勢で寄って集って騒ぐのがいいのだ。

先日見た七夕祭りと似たようなものだろう。

 

神輿は大層しんどかった。

予想通りに重い。

そして予想通りに担ぎにくい。

私は高さを合わせるために、腰を屈めなければならなかったが、前後の間隔が窮屈で、変な体勢でずっと担ぐ羽目になった。

しかも港をスタートして集落を練り歩くのだが、海抜0mがスタートなので基本は登りである。

曇ってはいたが蒸し暑く、すぐに全身汗まみれになった。

重くてなかなか進まないので、頻繁に休憩がある。

しっかり水分補給するよう義父から言われていたが、基本はビールしか出てこない。

集落の人たちが振舞ってくれるので、断らないのが礼儀である。

アルコールに頭をやられ、神輿に肩をやられてフラフラになった。

 

夜は焼き鳥の屋台を手伝った。

冷凍の焼き鳥を、タレをくぐらせて網の上で炭焼きにするだけである。

私はこの手のお店ごっこは大好きで、つい夢中になって取り仕切ってしまった。

屋台の向こうでは、トラックの荷台に簡易ステージが設営され、地元の人たちのカラオケ大会が催されていた。

よく知らない演歌歌手がゲストで呼ばれて来ている。

「あぁ、祭りだなぁ」と感じながら、汗だくになって、ひたすら焼き鳥を焼き続けた。

屋台も皆、集落の人が準備・運営するのだが、彼らに非常にありがたがられた。

このくらいなら訳ない。

少なくとも、神輿を担いでいるよりは遥かに楽である。

 

2日目。

もう肩が痛くて仕方なかったが、愚痴をこぼすのもみっともないので、黙って神輿を担いだ。

1日目はずっと右肩で担いでいたので、2日目は左肩を使いたかったのだが、なんだか皆ここが俺のポジションだと言わんばかりに同じところで担ぎたがるので、私は仕方なく2日目も右肩を酷使することになった。

痛いし、しんどいし、暑いし、よくわからない。

妻はずっと神輿に付いて歩き、そんな私の様子をずっと写真に収めていた。

休憩がビールばかりだと流石に辛いので、妻にお茶を持たせて水分補給した。

坂を登り、登った分だけ下る。

神輿は下り坂だから楽だということはない。

むしろブレーキを利かすのが大変である。

特に後半は皆疲れており、神輿自体がフラフラしていておっかなかった。

 

最後、港に戻ってくると、港の広場で神輿を振り回す。

子供神輿や山車や看板に、勢いよく近づいては寸止めして軽くぶつける。

いわゆる喧嘩神輿という奴だろう。

ぐるぐる振り回される神輿に私も一緒になって振り回され、最後はそのまま神輿ごと海へダイブした。

「浜降り」と言うそうだ。

アドレナリン全開の若衆は、神輿の上に乗って海へ飛び込んだり、同じように海に投げられた山車を海の中で縦回転させたり、非常に元気に盛り上がっていた。

盛り上がる元気がないと言うか、そもそもテンションについていけない私は、海にぷっかり浮かんでいた。

冷たい海は気持ち良かったが、海水が肩の痛みに沁みた。

 

海から神輿を引き揚げ、神社に返して祭りは終了となる。

妻の実家でシャワーを浴びた。

右肩の皮はめくれていて、当分ショルダーバッグはいつもと逆の肩で持たなければならないなと思った。

義父も妻も上機嫌だった。

近所の人たちが、懸命に手伝う私を褒めていたらしい。

喜んでくれたなら、良かった。

肩の痛みくらい、甘んじて引き受けよう。

ただし来年は、テーピングを施してから神輿を担ごうと心に誓った。