異呆人

毒にも薬にもならない呟き

原発事故の責任は誰にあるか

テレビでニュースを見ていたら、東電の当時のトップに対して原発事故の責任を問う裁判のニュースが流れていた。

以前はTVを持っていなかったので、ニュース番組を見ることなんてなかったのだが、今は妻が見るので一緒に見ている。

私が民放のニュース番組って、野次馬根性丸出しのワイドショーみたいであまり好きではない。

なんというか、品がない。

悪者を作って、一方的にサンドバッグにして、それで見ている人たちのストレス発散を狙っているとしか思えないような構成である。

その方が視聴率が取れるのだろうか。

だとしたら、チャンネルを合わせている私や妻のような人間も、その片棒を担いでいることになる。

 

さておき、その裁判のニュースで、一般市民っぽい人が「あれだけ大きな事故になったのに、誰一人個人の責任が問われないなんておかしい」と言う人がいた。

個人の責任が問われないことの何がおかしいのか、私にはわからない。

原発事故を「人災」と言い切ることにも違和感を感じる。

誤解を恐れずに言えば、そういうことを平気で言う人って、ネットリンチみたいなことを平気でする人だと思う。

誰か悪者を作りたいのだ。

そして、徹底的に懲らしめたいのだ。

覆水は盆に返らない。

そんなことをしても何にもならないのに、死んだ人が戻ってくるわけでもないのに、事故の後処理や次なる災害への備えが進むわけでもないのに。

「気が収まらない」という話なのだろう。

 

別に東電の当時のトップを擁護するつもりはないし、その判断が適切だったかどうかはこれから裁判で争われるのだから、私がとやかく言うことではない。

ただもし自分が同じ立場にいたとして、下から「15mの津波が来る可能性があるという専門家の意見もあります」と言われたとしたら、「15mの津波を防ぐ防潮堤を作るのにいくらかかると思ってるんだ!その可能性を考えたら、コストパフォーマンスが悪すぎるだろう!」と言うかもしれない。

今なら「東日本大震災の事例もあるし…」と思うだろうが、震災前だったら15mの津波をどれだけ現実の可能性として考えられただろうか。

「コストパフォーマンスとか言わず、原発なんだから安全第一なんだよ!」と言う意見もあろうが、だったら税金かけて国が主導すればいいのである。

東電は一般の株主もいる株式会社である。

収益のことを考えるのは至極当然と言える。

もちろん、だから安全をないがしろにしていいというわけではないが。

 

そもそも、国策として原発を推進するような政党を選んできたのは国民である。

「私は自民党に票を入れてない」とか「原発に関してはNOだ」とか言う人もいるだろうが、それが動きとして実現されていない以上は負け犬の遠吠えである。

世の中は優しくない。

この世界は弱肉強食である。

「強い」という価値が、腕力以外のものによっても表現されるようになっただけだ。

だから原発を建設した責任は国民全員にある。

もっと言えば、設置自治体は多額の補助金を受け取っている。

自ら誘致したところもあるだろう。

そういった判断をした自治体の首長を選んだのも、地域住民なわけである。

「15mの津波に対応する策を取らなかった」という一点において、わずか数名の東電社員に責任を求めることは、自らの責任を顧みない自己に無批判な姿勢である。

 

思考停止しているのか、想像力が足りないのかわからないが、冒頭のようなセリフを平気で吐く人がいる、それもそれなりの数がいることを、とても残念だなと思う。

コメンテーターが「憤りを感じます」とか言っていることにも、こちらが憤りを感じる。

流れに乗っかってそんなことを言うだけでお金をもらえるのだから、楽な仕事だよな。

気が済まないのであれば、気が済むまで犯人探しをすればいい。

ただし、それはとても非建設的な行動である。

どうしたら廃炉処理が安全かつスムーズに進むのか。

どうしたら避難している地元の人が地域に帰れるようになるのか。

そういった人たちが安心して暮らせるようになるために、どんな支援が必要なのか。

そういった議論に、もっと時間を割けばいいのになと思う。

ちょっと気分が悪かったので、妻がTVの前を離れたタイミングで、即座にTVを消した。

こうするのが一番いい。