異呆人

毒にも薬にもならない呟き

0ではない

今週のお題「テスト」

 

私は熱心にテスト勉強をしたことがほとんどない。

小中学生の頃のテスト勉強といえば、前日や当日の朝に数十分、パラパラとノートや教科書をめくって眺めるだけだった。

どちらかと言えば、学業に関しては天才肌のタイプである。

それで小学校では一番だったし、中学校でも五指に入るくらいではあった。

ただ、高校ではそうはいかなかった。

屈指の公立進学校だったこともあるが、そもそも勉強しない度合いがより酷くなっていた。

授業すらまともに聞かず、昼寝してばかりだった。

教師もお手上げ状態で、私の相手などまともにしなかった。

勉強することに意味を感じられなかった。

まぁ、生きることに意味を感じられなかったので、当然とも言える。

 

ただし、そこまで成績が悪かったわけではない。

学年360人中、180番くらいがいつものポジションだった。

360人のうち60人は、京都や東京を目指す特進クラスの学生だったことを考えれば、実質的には真ん中くらいの順位である。

私の勉強量や回りのレベルを考えれば、教師が呆れるくらいサボっていてこの順位なら、まぁ良かった方だと思う。

そもそも私は記憶力が異常に良かった。

だから暗記系の科目は無類の強さを発揮する。

それと読書量が比較的豊富だったので、国語系の科目も強かった。

国語に関しては、その特進クラスの学生を含めても、学校で1,2を争うレベルだった。

「国語だけならどこの大学でも行ける」と言われていた。

 

苦手だったのは数学である。

厳密には、嫌いだったと言うべきかもしれない。

数字をいじくり回すことに面白味を感じられなかった。

そして、私は数学は最も反復練習が必要な科目だと思っている。

いくつもの出題パターンに応じた解法を覚え、その身に付いたパターンの数が未知の問題に出会ったときの発想力に繋がる。

めんどくさがりな私には最も相性が悪い。

だから数学の授業は文字通りずっと寝ていた。

教師も慣れてくると起こさない。

久しぶりに当てられたときが微分の授業で、数式の頭についたインテグラルを「ミミズ」呼ばわりして、爆笑されたことがある。

 

そんな状態で迎えたテストだったので、1問もわからなかった。

最初の小問の計算問題くらいは、地道な力技で何とかなりそうだったので解いたが、あとはまったくの白紙である。

そもそも進学校だから、定期テストも異様に難しい。

100点満点で平均点が40点くらいにしかならないテストを平気で作ってきたりする。

学校にとっては、少数の生徒が有名国公立に進めばいいのである。

必要なのはボトムアップではなく、トップラインの拡大なのだ。

今はどうなのか知らないが、進学実績がすべての教育なんて、もはや教育と呼べないのではないかと思う。

 

さておき、その数学のテストが返される日がきた。

いつも通り、やる気なさげに教壇に向かい、答案用紙を受け取る。

心なしか、手渡す教師の顔が厳格さを帯びているように感じられた。

受け取った答案用紙には、でかでかと「0」と書かれていた。

0点の答案用紙など、「ドラえもん」の「のび太くん」の答案用紙でしか見たことがない。

さすがの私も衝撃を受けた。

0って…。

そう思って答案用紙を眺めると、最初の小問の一箇所に丸印が付いていた。

なんだ、正解があるじゃないか。

どうやら教師は◯を0とを見間違えたらしい。

そうでなければ、よほど私を0点にしたかったか。

「ここ、◯がありますよ」と言って答案用紙を持って行くと、「ふんっ、0でなくて良かったな」と、教師は言い放った。

私はニヤリと笑って席に戻った。

点数は4点。

だが、0と4とでは大違いである。

 

ちなみにそのとき、赤点だった生徒は強制的に補講を受けさせられた。

私は無視して部活をしようとしたが、早々に顧問に手が回っており、私は補講で使う大教室に送られた。

補講を3日ほど受け、その後のテストで合格点を取るまでテストを受けさせ続けるという、罰ゲームのような内容だった。

集められたのは私をはじめ、落ちこぼれと呼ばれるような輩ばかり。

さながら魔窟のような有様だった。

部活停止はさすがに痛かったので、私は真面目に勉強した。

補講テストは60点で一発合格だった。

「やればできるじゃないか」と、教師は言った。

「やる気がないんです」と、私は言った。