異呆人

毒にも薬にもならない呟き

ネットの意見はマジョリティか?

ごくたまに暇で暇で仕方がないとき、「はてなブログ」や「はてな」のトップページを覗くことがある。

他に時間の使い道があるので、私は新聞を読む以外は自分から情報収集することはあまりない。

はてブ」や「はてな」を覗くのは、情報収集というよりは、「何か面白いネタはないかなぁ」という程度のものだが。

パッと見て目を引くものはあったりするが、言及したいものというのはなかなかない。

さらっと読んで、「ハイ、お終い」ということが多い。

 

パッと目を引くものというのは、ある種の偏った視点や価値観で書かれた記事であることが多い。

あるいはそういった強烈な意見に対するレスポンスのような記事だったりする。

ネットにはいろんな情報が溢れていて、普段は接しないような価値観に簡単にアクセスできることがメリットだと思う。

目から鱗な考え方も中にはある。

自分の世界が広がるように感じる人も多いだろう。

しかしそういった価値観はたくさんある中の一つでこそあれ、それが優れているとか世の中における多数であることを意味しない。

たとえば、誰もが「確かにそういうことあるなぁ」と思ってしまうような意見に、たくさんの「いいね」や「スター」がついていたとして、それは本当に世の中を代表するような意見だろうか。

私は必ずしもそうではないと思う。

 

syuten0416.hatenablog.com

以前、話題になった東急のマナー広告。

これが話題になった理由は、もちろんこのCM自体がセンセーショナルだったからというのもあるが、このマナー広告に対してネット上で「忙しい生活の中、電車内で化粧をすることの何が悪いのよ!」という女性の意見が上がったことにあると思う。

そして、その意見に賛同する女性が少なからずいたこと。

だが、実際に電車内での化粧を是とする女性は世の中の多数派だろうか。

たぶん電車内での化粧を是とする人たちと同じかそれ以上に、「いや、やっぱりみっともないよ」と考える女性がいたのではないかと思う。

ただそういう一般的な意見を持つ人ほど、わざわざその意見を発信しない。

ネットで発信しなくても、周りに「そうだよね」と同意してくれる人がたくさんいるからである。

 

たとえば男性の草食化に関する意見も、こういった現象の一つではないかと思う。

「草食男子」と括られるようなタイプの男性は、確かに存在する。

存在するし目につくかもしれないが、果たしてそんな男性は世の多数派だろうか。

そんなはずはない。

世の中の男の多くは遥か昔から変わらず、「チャンスがあれば一発ヤリたい」と思っているものなのである。

だからこそ男性向けの「モテる方法」みたいなノウハウ本はいつの世も存在するし、そういったハウツー記事がネットでアクセス数を稼いでいたりする。

またそんな普通の男性は、わざわざ「俺、草食じゃないよ」アピールをしたりはしない。

まぁ「草食男子」はだいぶ話題性があったので、たくさんのアンチテーゼも生まれたが。

 

何が言いたいかというと、いくらネット社会でそこに繋がるのがデフォルトの世界になったとはいえ、ネットでわざわざ不特定多数の誰かに向けて意見を発信する人は、世の中の多数派とは限らないということである。

もちろんネットで多数派の意見が世の中の主流であることもあろうが、所詮世の中の一部の人間の意見である。

しかも「ネットでわざわざ不特定多数に向けて発信する」ことを好んで行うという性質を持った人たちなのだから、意見を発する人のタイプが偏っていてもおかしくない。

そんな意見を取り上げて「ああだ、こうだ」言っているのは、もしかしたらそういうことに興味のない人からしたら滑稽なことなのかもしれない。

昔は2ちゃんねるがそんな場所だったのが、少し裾野を広げただけのようにも思える。

 

そんな世界に見向きもせずに、平穏に、幸せに生きている人が、実は結構いるのではないかと思う。

たとえ平穏でも幸せでもなくても、目の前の現実に向き合って生きている人はたくさんいると思う。

70億ぐらい地球の人口がいるうち、ネットで共通の言語で侃侃諤諤やっている人間なんてのは、もう悲しいくらいに、取るに足らないくらいに少ないと言える。

「誰かがこう言ってる」、「誰かにこう言われた」ということがダイレクトに伝わるのがネットの醍醐味だが、