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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

どうせなら何もかも忘れたい

年初の目標に「忘れ物をなくす」という、小学生のような目標を立てていた。

syuten0416.hatenablog.com

しかしながら、この4ヶ月程度の間に、すでに忘れ物や忘れ物未遂を繰り返している。

昨今のそれはほとんど病的だと思っているのだが、歳を重ねるほど深刻になっているのが我ながら恐ろしい。

防ぐために出来る限りの手は打っているのだが、今ひとつ効果を上げていない。

もはやお手上げ。
何か良い方法があったらぜひ教えてほしい。
 

syuten0416.hatenablog.com

私の頭の中は大体こんな感じである。

とにかく常にいろんなことを考えてしまう癖があるのに、それらを並行して考えられない。

Aを考えていたと思ったら次の瞬間にはBを考えていて、さらにC、Dと勝手に移り変わっていく。

処理されていない思考途中だったものには、いずれぐるっと1周して戻ってくるのだが、やらなければならないことなどは1周したときには手遅れになることもある。

それの最たるものが忘れ物で、家を出てしばらく歩いてから、あるいは電車の中で、「あっ…」と気づくことが多い。

思考が切り替わって忘れるときは一瞬なのに、思い出すのには時間がかかるのが恨めしい。

先日は電車の網棚に置いた荷物を忘れてしまった。

降りる駅のアナウンスを聞いたときまでは、網棚の荷物を見上げて「忘れないようにしないとな」と考えていたのに、座席から立ち上がった瞬間に忘れたようである。

そのことに、乗り換えた電車の中で気づいた。

失くしても対して害のない、諦めれば済む程度の荷物だったことが唯一の救いである。

 

仕事ではそんなことがないように、ずっと昔からto doリストを作成している。

といっても、ただのメモへの走り書きである。

私の字では他の人が読めないので暗号扱いされることもあるが、まぁ自分が読めれば問題ない。

やらなければならないこと、いずれやっておきたいことを、区別せずにごちゃ混ぜにして書いてある。

こういう下ごしらえ的な作業に力を入れ過ぎるのは、目的と手段を混同した本末転倒に陥るので、無理のないようにするのが自分なりのポイントである。

そして、やり終わったことは線を引いて消していく。

これがすべて消された状態が、私が暇な状態と言える。

 

最近はより記憶力の減退が見られるので、携帯のアラームも多用する。

スケジューラの該当する日時に「〜をする」と入れておいてアラームをセットする。

かなり有効で役立っている。

ただしたまに、アラームが鳴ってリマインドされてからすぐ実行できず、他の作業が入ってまた忘れるということが起こる。

こうなってくると対処方法がない。

リマインドされてからすぐに忘れるとか、自分自身で絶望する。

他にも自分でしたことを忘れていて、「私、〜ってやってましたっけ?」と人に尋ねてしまうことがしばしばある。

かなりの確率ですでに実行されていることがまだ救いだが、周りからも「大丈夫?」と心配され始めている。

自分の記憶が不安になるというレベルではなく、本当に綺麗さっぱり忘れていることが多い。

痴呆ではないか心配だ。

 

先日、買い物ついでにクリーニングの回収をしようと思った。

私の場合、その瞬間は覚えていても、家を出るときには忘れていて買い物だけして帰ってくる恐れがある。

クリーニングの回収を忘れないように、預り票を財布から取り出してテーブルの上の見えるところに置いておいた。

自分なりのリマインドである。

そこまでやったおかげか、「クリーニングを回収する」という意識を持ったまま買い物することには成功したのだが、買い物を終えてから預り票をテーブルの上に置きっぱなしであることに気づいた。

リマインドをしたせいで肝心のミッションを実行できないとか、なんのためのリマインドなのかわからない。

 

仕事で他人事と思えない恐ろしいことがあった。

あるエンドユーザーからのクレームで、自分から商品購入を申し込んできているのに「そんな物を頼んだ覚えはない」という話になったのだ。

申込書に不備があったので事務員が確認の電話をしたら、そんなことを言われたらしい。

申込書は間違いなくこちらの手元にある。

人違いではないかいろんなデータを散々確認したが、その人からの申し込みであることは間違いなさそうだった。

申し込みを取り下げるというならそれはそれで構わないのだが、どうにも釈然としない。

「痴呆じゃないの?」とか冗談で言っていた。

しかしそれが本当に痴呆だったらしい。

後日、その人の子息から電話があり発覚した。

「頼んだものは必要だから、もう一度申し込み直したい」ということだった。

冗談を言っていたことを反省した。

世の中にはそんなことは山ほどあるのだろう。

 

完全に忘れてしまうって、どんな感じなのだろう。

自分のこと、周りの近しい人のこと、好きなもの、大切なもの。

忘れないこともあるだろうが、忘れたくないのに忘れてしまうこともあるかもしれない。

はたから見てそれは不幸なことのように思えるが、しかし意外と本人はなんとも思っていないのではないかなとも思う。

忘れていることさえ忘れてしまえば、それはもうその人にとっては存在しないも同じなのだ。

それを悲劇だと思うのは周りの勝手な判断で、しがらみから解放されて心自体は楽になっているかもしれない。

それもいいかなとか思ってしまう自分がいる。