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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

出家はいたしません

今週のお題「髪型」

 

髪は短い方が好きだ。

長いと手入れが面倒だし、襟足が服の襟などにかかったり、前髪が目にかかったり、横の毛が耳にかかったりすると非常に鬱陶しく感じる。

数年前までは理髪店に通ってキワは刈り上げてもらっていたのだが、「幼く見える」とかなんだとか概ね不評なので、今は美容室に通って適当に短くしてもらっている。

大してこだわりはない。

以前は髪型に関してこんな記事も書いていたりする。

syuten0416.hatenablog.com

 

以前に二度ほど、丸坊主にしたことがある。

大学生の頃だった。

理由は特にない。

大学生のこの時期しか坊主にする機会はないのではないか、今やらなければ一生坊主にする機会を失うのではないかと思っただけである。

そこまで坊主にこだわった意味は何一つない。

興味本位である。

髪などどうせすぐに生えてくる。

ならば坊主がいかほど楽でいかほど苦痛か、人生で一度くらい味わってみるのも一興かと思ったのである。

ちなみにこの理由を理解していただけたことは、いまだかつて一度もない。

 

幼い頃は親に理髪店に連れられるままに行き、私は「坊ちゃん刈り」、一つ年下の弟は「スポーツ刈り」と相場が決まっていた。

理由はよくわからない。

母親がその方が似合うと思っていただけだろう。

確かに性格的なものも含めて考えると、キャラクターに合った髪型だったと言えるかもしれないし、ステレオタイプな判断でプラセボ効果を生んでいたと言えるかもしれない。

さておき、私の髪型はそのままの流れでずっと「坊ちゃん刈り」だった。

別に「スポーツ刈り」にしたかったわけではない。

しかし長じて考えてみると、そういう「親に決められてそのまま」の髪型というのは少し嫌だった。

イメチェンしたいなんて思ったりはしなかったが、もう少し別の可能性を試してもいいのではないかという気はしていた。

坊主を思いついたのは、そういった決められたレールを走ることに対する反骨精神とか、自分の中で出来上がってしまった価値観への破壊的挑戦という隠れた意味があったのかもしれない。

いや、これは冗談だが。

 

ともかく、思いついて、その後の髪を切るタイミングで、いつも通っている理髪店で「一分刈りにしてください」と注文した。

理容師さんの動揺が、ありありと顔に表れていた。

丸刈りですか?」と聞き返された気がする。

「はい」と答えると、しばらくの間があって「一分だとかなり短いので五分にしませんか?」と提案された。

思わず笑ってしまった。

客の私が一分刈りを依頼しているのである。

私からすれば、本当は五厘刈りをお願いしようと思って、ちょっと控えめに一分刈りを申し出たつもりだった。

どれだけ私に坊主が似合わないと思われたのだろう。

しかしそんな理容師さんの優しさがありがたく、また滑稽でもあったので、「じゃあ、それでお願いします」と答えた。

 

坊主にするのは非常に簡単だった。

なんせ、刈るだけである。

すぐに終わった。

仕上がりを見た感想は、「イメージした通り」というものだった。

「たぶん自分が坊主にしたらこんな感じになるだろうな」というイメージ通り。

面白くもなんともなかった。

 

翌日、大学に行くと、会う人会う人から心配された。

「何かあったの?」、「出家するつもり?」、などなど冗談とも本気ともつかない、というか概ね本気で心配された。

「なんで?」と聞かれても、「坊主にしてみたかったから」としか答えようがない。

まぁ普通の人の感覚からすれば、「坊主にしたい」の意味がわからないのかもしれない。

私からすれば、ノーリスクでいろんな可能性を試せるなんて素晴らしいと思うのだが。

弁当屋のおばちゃんからは、「坊主は夏は頭皮が日焼けして痛いから、帽子をかぶりなさい」とアドバイスされた。

どういう因果かわからないが、坊主にすることでたくさんの人の優しさを感じられた。

いや、これは「優しさ」と言うより「同情」と言うべきなのかもしれないが。

 

その後、不意打ちのようにもう一度坊主にしたことはあったが、大学卒業後は一度もしていない。

会社に入ってから急に坊主にしたりすれば、またどんな波紋を呼ぶかわからない。

ちなみに坊主にして良かったと思ったことは、朝のセットが必要ないことと髪を洗うのが非常に楽であることだけだった。

デメリットとしては、鬱陶しいくらい心配されること、髪が伸びてくる途中で猿みたいな髪型になることが挙げられる。

よほど坊主が好きでない限り、あるいは野球部など坊主を強制されるような環境にない限りは、坊主にするメリットはないと明らかになった。

意味はなかったかもしれないが、頭から否定するのではなく、何事も実際にやってみて感じることが大事だと思っている。

たかが髪型の話ではあるが。