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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

見られて困ること

最近TVのニュースを見ていると、「共謀罪」の創設に関する法案審議がよく取り上げられている。

(横になるが、政治・経済に関する最近の報道番組の取り上げ方は、事実の伝達よりいかに面白く伝えるかに重点を置いたワイドショーまがいだなと思う)

この「共謀罪」を取り上げる際に、「監視社会」というフレーズが上がることがある。

すごくざっくり言えば、「共謀罪」というのは犯罪を計画した段階で捕まえるための法律であり、それは思想信条・内心の自由を脅かすものである、という主張を基に、自由にものが言えなくなる社会、お互いを監視し合うような社会が来るのではないか、という文脈で語られる。

まぁ共謀罪の中身とか、そもそもその是非とかはここでは議論しない。

はっきり言って興味がない、というか、どうしようもない。

そういう法律を作ろうという政党を与党第1党に選んでいるのは日本国民であり、だからそれによって不利益を被ることがあるなら、それは国民すべてが甘んじて引き受けるべきものである。

 

この「犯罪の計画段階での取り締まり」というのを実行するためには、何か悪いことをしようとしていないか、四六時中、目を光らせている必要がある。

例えば、いつぞやアメリカで話題になったCIAだかFBIだかの個人の監視・情報収集だとか(スノーデンさんのやつ)、最近だと日本の警察のGPS捜査などが挙げられる。

つまり犯罪を防ぐため、あるいは犯罪者を捕まえるため、どこまで個人のプライバシーを侵害していいのか、という話である。

また、どこまでが犯罪捜査に必要な情報で、どこからが関係ない情報と言えるのか、という問題もある。

こういう問題は所詮ルール作りの問題、つまりどこで線を引くかという問題であるので、皆が皆、納得できるものを作ることなんて不可能だろう。

落とし所がどこになるか、というだけの話である。

 

ただ、TVでいわゆる知識人然とした人が「監視社会になってしまう。いかん!」と口を揃えて言うことに、なんとなく違和感を感じる。

そもそも、見られて困ることって何だろうか。

例えば、私のPCやスマホの閲覧履歴を見れば、エロ動画を見ていることが簡単にわかる。

これは性癖とかモロバレになるので見られて恥ずかしいことではあるが、見られたからといって実害はない。

私のことをよほど憎らしいと思う人がいて、社会的に貶めてやろうという気があれば実害が出るかもしれないが、そこまでして個人攻撃をする人がどれほどいるだろうか。

つまりこれらは所詮、「不快だ」というだけの話である。

「それを使って何ができますか」と言えば、もちろんできることはたくさんあるのだが、一個人に対してそこまですることは基本的にコスパが悪いと思う。

 

警察が監視カメラを設置したり、個人情報を収集することは、それほど悪いことと思えない。

ただ間違いなく言えることは、そうやって収集された個人情報の管理を任せるに足る信頼が、警察にないということである。

これは警察に限らない。

人間である以上、欲望をコントロールできない奴は一定数いるのである。

だから、きちんと管理できないなら最初から集めない方がいいとは思う。

監視社会になることが悪いことなのではなく、監視により得られた情報を私的に利用しない保証がないことがマズいのだと思う。

 

マイナンバーなどの個人情報に関してもそうだが、ヒステリックな対応をする人を見るにつけ、少し呆れてしまう。

著名人や資産家ならともかく、住所や電話番号が漏れることでどんな害があるだろうか。

わざわざ住所に押しかけてきて、金品をせしめたり、心身に危害を加えようなどと考える人間がどれだけいるだろうか。

そして、本当にそんな人間がいたとしたら、それは天災のように容易には防げないものだと思う。

先日、郵便局だか宅配便だかの配達員が、届け先の若い女性の電話番号を利用してお近づきになろうとしたというニュースがあった。

こんなもの、自分では防ぎようがない。

危害を加えられるときは、どれだけ細心の注意を払っていても憂き目に遭うのである。

結局は、起きた後に対処するしかない。

犯罪者を厳罰に処するとか、損害に対して十分な補償をするとか。

 

自分自身の情報管理をおろそかにしてはいけないが、社会全体に良い意味での鷹揚さが欠けている気がする。

自意識過剰とも言える。

あるいは、神経質になるところを間違えていると言うか。

何かが起きたとき、起ころうとしているときに、「すわ、大変だ!」となるのでなく、危機の本質を見抜く目を養いたいものだなと思う。

さておき、見られて困ること、あるだろうか。