異呆人

毒にも薬にもならない呟き

黒幕

楽に生きていく方法などないと思っている。

よほど運や境遇に恵まれていれば別だが、「誰もがこうすればうまくいく」的なメソッドとしてはない。
そうはわかっていても楽をしたいのが人間であり、私もまたそうである。
それ自体は悪いことではない。
文明の進歩というのは、「もっと楽にならないかな」という願望によって達成されてきたと言っても過言ではない。
ただその「もっと楽にならないかな」という願望自体が楽に叶うことはなく、要はどこかで汗をかかなければならないわけである。
 
しかし金を稼ぐということに焦点を合わせて言えば、誰にでもできるかどうかは別として、楽に稼ぐ方法はある。
定期的に収入が入るスキームを作ってしまえばいい。
最も一般的で合法的な手法としては、不動産で賃料収入を得る方法がある。
あるいは、金融商品で利息や配当を得たり、特許使用料を得たり、保険販売での継続手数料を得たりする方法がある。
グレーかブラックなところで言えば、ネットワーキングビジネスやマルチ商法などもこれに含まれるだろう。
これらはそのスキームが出来上がって順調に稼働してしまえば楽をできるが、それを作り上げるまでに資金なり労力なりのリソースが必要である。
結局は誰にでもできることではない。
ブロガーなんかも、ある意味ではこれに該当するかもしれない。
 
どんな方法で稼ぐにしろ、ビジネスは基本的に上流ほど儲かるようになっている。
上流が下流を搾取する傾向にある。
真っ当に会社勤めをするにせよ、会社員の方が法人としての企業より儲かることはない。
(赤字を凌いでいる状態の企業や、オーナーが給与として利益を丸取りしているような企業は除く)
不動産で言えば、ビル1棟を自分で買ったり建てたりして貸す方が、そのオーナーから1フロアを買ってそれを貸すより儲かる。
もっと言えば、ビジネスのリスクまで金に換算するなら、ビル1棟を賃貸して不動産経営をするより、ビル1棟を建てて売る方が効率的に儲けることができる。
不労所得を狙うなら不動産経営がいいのかもしれないが、順調にスキームが回転するまでは不動産経営する側も搾取される側に回る可能性があるということである。
安定した賃料収入が得られる物件は、そもそも簡単に手に入らない。
楽に儲かる話というのは、大体持ちかけている側の方が儲かる。
 
つまり楽に生きていきたい(概ね楽をして稼ぎたいと同義)という人々の欲求を狙って、一儲けしようという輩がいるということである。
「うまい話」の99%は、そういった構図になっている。
これは金儲けに限ったことではない。
楽に悩みが解決するかのような話も、そのほとんどが同じである。
誰でも楽に稼げるブルーオーシャンがあるなら、そこに人が殺到してすぐにブルーオーシャンでなくなる。
参入障壁があるなら、その参入障壁を少数の人間だけが超えられるという話が、まやかしである可能性が高い。
あるいは「たった一つの冴えたやり方」があるなら、皆がそれをマネするはずである。
あらゆる悩みや人生の障害を取り払うかのような話は、特定の人間にしか効果がないか、そもそもまったく効果がないかのどちらかである。
この場合も「あなたは特定の人間に含まれる」と囁かれるなら、それは99%まやかしである。
 
上流側の人間は、そのスキームでは下流でバッタリ倒れる人がいることを承知している。
つまり悪意をもって搾取している。
そういう黒幕が世の中にはたくさんいる。
そういう黒幕に唆されて身を持ち崩す人を見るにつけ、哀れでならなくなる。
たぶん防ぐ方法はないのだ。
賢明であるしかないのだが、そういった「羊」になる人たちは賢明である方法すら得られない。
搾取される側は、搾取されるべくしてそうなる。
これもまた弱肉強食ということだろう。
 
野球で言うなら、多くの人に求められるのは、ホームランではなく出塁することである。
ヒットでなく、ファーボールでもいい。
とにかく前に進むことである。
そして出塁するために、日々地道なトレーニングをすることである。
汗水垂らして働くこと、時に不遇にも耐え、必要があれば反発することである。
責任のない立場でフリーターをするよりは、社畜と言われながら働く方がいいだろうし、ギャンブルで一山当てるために元手を消費者金融や親類知人から借りるよりは、まだフリーターとしてでも働いている方がいい。
私たちはスーパースターにはなり得ない。
ともすれば世界の歯車にもなり得ない。
在ってもなくてもいい存在だと認識し、在ってもなくてもいい存在として生きる覚悟を持つことが、搾取されながらも真っ当に生きる上で大切なことなのではないかと思う。