異呆人

毒にも薬にもならない呟き

得意料理

土日が休日出勤になり、久しぶりに9連勤くらいになった。

もう少し若かったときは小休止程度の休みでそのまま働いていたが、今はその体力も気力もないので、大人しく平日に連休を作った。

妻は仕事でいないし、実にのんびりできて良い休日になった。

やるべき雑事を済ませても時間が余るくらいだったので、思い切ってピザを作ってみた。

今度、妻の友人たちが休日の昼に遊びに来て、ホームパーティーのようなランチをすることになっている。

必然的に私が料理をすることになるので、何が食べたいか聞いておくように妻に言ったところ、「イタリアン」という回答があった。

何でもいいと言われるよりは、明快な回答で作る方としては助かる。

イタリアンならパスタでもいいが、ちょっとありきたりなので、ピザに挑戦しようかと思っていた。

だが、さすがにぶっつけ本番で人様にピザを出す勇気はないので、試作してみたかったのである。

 

ネットで簡単そうなレシピを調べ、材料を買い揃える。

生地を混ぜるのにアルミボウルだと軽くて不安定そうだったので、重量のある耐熱ガラスボウルを買ったり、生地を伸ばすための棒を100均で買ったりした。

レシピ通り分量を量り、とりあえず生地を作ってみたが、最初はあえなく失敗した。

ベトベトになって手にくっつき、とても生地をこねるような状態ではなくなった。

生地の発酵時間を短くするためにプレーンヨーグルトを混ぜるレシピだったのだが、匙ですくっているうちに少し入れる量が多くなったのではないかと思われる。

生地を一旦捨てて作り直す。

少しずつ具合を見ながらヨーグルトを加えていった結果、今度はなんとかそれらしいものが出来上がった。

実際焼いて食べてみた感想としては、レシピより少し長く焼いた方が生地がパリッとして美味しいだろうというものだった。

この反省を生かして本番で作れば、なんとか他人に出しても恥ずかしくない料理にはなりそうである。

 

料理というのは大抵、レシピ通りに作れば食べられるようになっている。

だから時間と手間さえかければ、大体の料理は誰にでも作れる。

よほど見目形にこだわらない限り、さほど高度な技術は要求されない。

別にイタリアンだろうが中華だろうがフレンチだろうが、要望されれば食べれる程度のものは作れると思う。

ただし普段、私がそういったきちんとした料理を、レシピを見て作ることはほとんどない。

いつもは思いつきと思い切りで、ざっくりささっと作ってしまう。

一言で言うなら、めんどくさいからである。

手順の面倒さもあるが、材料をいちいち揃えるのも面倒だし、もったいない。


まだレシピを見ながらでないと料理できない妻は、毎回きっちりレシピに書いてある通りの材料を揃える。

なかったら代用するという発想がなく、その材料が見つかるまでスーパーをハシゴする。

加えて分量もきっちり書いてある通りに使うので、1/2なら1/2しか使わない。

サラダなら皿に盛る量より多いと思ったら、それ以上は調理しない。

結果、妻が料理した後は食材が中途半端に残る。

野菜は切ってしまうと切り口から酸化して早く傷むので、できれば丸々使い切ってほしいと思う私にとっては焦れったかったりする。

私が家にいれば余り物もすぐに使うが、出張中だとそうやって数日放置された材料が、帰ってきたときに冷蔵庫の中に転がっているのを見ることになる。


先日妻と一緒に、家族ぐるみの付き合いをしている義父の友人とお茶を飲むことがあった。

話好きのご婦人で、新婚生活のことをあれこれ聞かれた。

家事分担の話になったとき、妻が「料理と洗い物は彼で、掃除と洗濯は私です」と答えると、「得意料理は何?」と聞かれた。

得意料理などない。

私が一度作ったあと、同じ材料・調理法で再現される料理は、たぶん皆無である。

何と答えたものかと思案していると、横から妻が「冷蔵庫の残り物で料理を作るのが得意です」と答えてくれた。

間違いない。

間違いはないが、それは果たして「得意料理」と言えるのか。

冗談の言えない不器用な妻だからこそ、今後、得意料理が「冷蔵庫の残り物料理」になってしまうことに、一抹の不安を覚えるのだった。