異呆人

毒にも薬にもならない呟き

私のブログ記事が1000文字を切らない理由

私のブログ記事の文字数は、だいたい1000〜2000文字くらいである。

どちらかといえば、1500字を超えることの方が多い。

意識してそのくらいの分量を書いているわけではなく、書いていたら自然とそのくらいの分量になる。

長い方がいいと思っているわけではない。

もう少し短くてもいい、もしくは短い方がいいだろうかと思うこともある。

しかし好きなことを好きなように書いているだけなので、基本的にはあまり文章の長い短いは気にしていない。

 

自然と毎回同じくらいの文字数になる背景を考えてみると、私が「ブログ記事」を書いているという意識が低いせいかもしれないと思う。

「ブログ記事」を書いているというより、新聞や雑誌のエッセイやコラムを書いている感覚である。

短い文章の中でも少なからず「起承転結」を意識している。

文章としての「流れ」を考えている。

意識しているというより、無意識に志向していると言った方がいいかもしれない。

だから構成がざっくり3〜5段落くらいになるし、文字数もそれに従ってある程度決まってしまう。

この書き方は慣れてしまうと、とても書きやすい。

フレームが決まってしまえば「オチ」もつけやすいし、そうすれば読みやすくもなる。

私の文章が狙い通り読みやすいかは、かなり怪しいところだが。

 

無意識に近い意識として、だからブログ内の装飾を排しているというのもある。

文字のサイズや色は変えないし、引用したり画像を貼ることも少ない。

そうした装飾を加えて読みやすくする方が読み手に親切だとは思う。

ブログとして書く以上は、ブログとして読みやすくある方がいいのは間違いない。

新聞や雑誌を読む人と、ネットのブログをうろうろする人は層が異なるだろうし。

そうはわかっていてもあれこれいじらないのは、単にめんどくさいということもある。

別にアフィリエイトを入れているわけでもないし。

見やすいことが喜ばれて、PVが上がるメリットもない。

有益な情報が得られるコンテンツではなく、ただの読み物という位置付けである。

コンテンツなら文章の巧拙はどうでもいいだろう。

必要な情報が載っていれば、知りたい人は勝手に読む。

 

ブログの見た目にこだわらないくせに文章の流れにこだわるのは、書き手としてのプライドみたいなものかもしれない。

「文章を公開する以上は、文章としてまとまりを」というような気持ちである。

その気持ちの有無が、読み手が自分しかいない非公開の日記と、誰もが読むことのできるブログの違いだと思う。

そして読み手を意識した文章を書くことで、自分の文章力も少しずつ上がっていくと考えている。

つまり読み物として意識するから、文章が短くならないと言える。

ただしこちらも、狙い通り文章力が上がっているかはかなり怪しい。