読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

異呆人

毒にも薬にもならない呟き

独裁者の息子

社会

北朝鮮の前総書記、故金正日の息子、金正男が暗殺されたというニュースがしきりに流れている。

いかにもワイドショー的なニュースの取り上げ方で、正直あまり好きになれないというか、それだけ取り上げる意味はないのではないかと思う。

野次馬的に過ぎる。

下世話な憶測はいくらでもできるし、まるで映画やドラマのような暗殺劇は監視カメラの映像と相まってテレビ映えするが、それにより世の中の大きな流れが何か変わるわけではない。

すでに実権から遠い位置にいる、要人とも言えない人物が死んだだけである。

そういう意味ではむしろ、現状が変わらなくなる方向に道づけられたと言えるか。

 

ただこのニュースを見て、改めて正男さんの人生について想像を巡らすと、なかなか数奇なものなのだろうなと思えてくる。

まずもって、独裁者の息子である。

生まれた瞬間から、一般人とは違う生き方をすることになる。

それはまぁ諸国の王室や皇室でも同じことなのだが、そういった人生は一体どんなものなのだろうか。

自分で自分の人生を決める自由度は、一般庶民よりも低いだろう。

たとえ思うがままに生きたとしても、「〜の息子」、「〜家の人間」というレッテル、世間の目は消えないのである。

それはきっと軽くない宿命だろう

それも正男さんに関しては、恐怖政治を強いる国の独裁者の息子である。

自国の価値観の中では神にも近いのだろうが、世界的な価値観の中ではただの悪者でしかない。

いわゆる西側の価値観に触れた彼なら、そんな自分の境遇をどう思っただろう。

 

昔、日本に密入国しようとして捕まった時に正男さんの名前と存在を初めて知ったが、最初はボンボンの二世でただの阿呆かと思った。

今でも半分くらいはそう思っている。

残り半分は、ただ権力に執着がなかっただけかもしれないと思う。

もし彼が本当に権力に執着がなく、またカリスマも能力もなかった、そしてそれに自覚的であったとすれば、それはとても悲劇的なことなのではないかという気もする。

トップになれなければ自国では居場所がない。

実権者の弟の下で仕事をすることなど、彼自身の感覚でも弟の感覚でもできることではなかっただろう。

むしろ邪魔者扱いされ、今回のように殺される可能性があることは明らかである。

だから東南アジアなどを放浪するしかなかったのだろう。

寅さんは自ら望んでフーテンだったわけだが、そうせざるを得ない人生というのはどんな気持ちだったか。

 

そして挙句、暗殺されるのである。

普通の人生(何をもって普通とするかは難しいが)を送るチャンスなど、針の穴ほどもなかったかもしれない。

しかも別に何をしたというわけでもない。

ただ金正日の長男だったから殺されたのである。

普通の感覚からすればアホらしい。

だがそんなアホらしくドラマチックな人生を送ることを、宿命づけられていたわけである。

このニュースを見て、そんなことを考えた。

 

何をもって恵まれた境遇かは判断の難しいところである。

金持ちの家に生まれれば一生金に苦労することなく遊んで暮らせるかもしれないし、金にまつわるトラブルが絶えなかったり、金抜きに付き合える友人がいなかったりするかもしれない。

それはいつも主張することだが、所詮価値観の違いである。

ただ一つ間違いないことは、人がその出自を選べないということである。

そして人生は一度しかないということである。

だからそんなものを嘆いても始まらない。

人が与えられた手札はバラバラで、人によって間違いなく強弱がある。

弱いなら弱いなりの人生の戦い方がある。

それがかっちりとしたレールの敷かれた人生なら、心の持ちようを変えたり、部屋に花でも飾るかのように、少しだけアレンジを加えて遊ぶしかないだろう。

人生には無限の可能性があるが、それは無限の可能性の実現を等しく保証するものではない。

人生について肯定的であることと、楽観的であることは違う。