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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

名もない遊びは想像力の賜物

今週のお題「何して遊んだ?」

 

私が幼稚園児や小学生の頃は、まだコンピュータゲームは遊戯として主流になり始めたばかりで、当時はどちらかといえば高嶺の花だった。

だから、屋外で遊ぶことの方が多かった。

屋外と言っても、住んでいたマンションに付属している公園がほとんどである。

たぶん日本の多くの地域の中では都会な辺りで、遊び場といえば公園しかなかった。

その公園だってたくさんはない。

記憶している自分たちが行ける範囲の公園で、その自宅マンションの下の公園を合わせて3つほどだった。

本当はすぐ近くに野球場を備えた大きな公園があったのだが、そこは小学校の校区外だった。

小学生は校区外に出ることを禁じられていた。

勝手に遠くに行って、事件に巻き込まれないように、という趣旨だったように記憶している。

絵に描いたようなヤンキーが闊歩する無法地帯を、子ども心に想像したものである。

あと、その大きな公園には多数のホームレスが居住していたので、それも接近を禁じられた理由の一つだったかもしれない。

 

さておき、使える公園は狭いので、誰かが利用していれば自分たちが使えるスペースは限られる。

自然と縄張りのようなものが出来上がった。

だから私たちが遊ぶ公園は、マンションの下の公園がほとんどだった。

公園と言っても、マンションに付属する程度のものなので、かなり狭い。

遊具は鉄棒、滑り台に砂場、シーソー、ジャングルジムといった、オーソドックスなものが一通り揃っていたが、それらが所狭しと並んでいる具合である。

小学校高学年になるとJリーグの開幕と共にサッカーブームが起きたが、サッカーをするようなスペースはなかった。

公園の隅にある空き地のようなスペースを無理矢理活用してサッカーをした。

そういう場所の例に漏れず、球技禁止ではあるのだが、見つかって怒られては逃げ、また隙を見てはサッカーを始めるということを繰り返していた。

今となっては懐かしい思い出である。

 

小学校低学年や幼稚園児のときは、もっとシンプルな遊びをしていた。

鬼ごっことか、缶蹴りとか、タカオニ(高いところにいる間はタッチできない鬼ごっこ)とか、探偵(地域によってはケイドロと呼ばれる)とかである。

あるいはそんな遊戯に加えて、ドラゴンボールごっこなどしたことも懐かしい。

そんな名前のある遊びの他に、よくやっていた遊びがある。

それは冒険ごっこのようなものだった。

まずはスタート地点を決める。

どこでもいいが、地面より高い場所である必要があった。

よく利用したのは、花壇の縁である。

マンションの下の公園には花壇がたくさんあり、その周りはレンガが積み上げられて囲われていた。

人一人が立つのに、ちょうど良いくらいの幅の囲いである。

その上に立つ。

ルールはたった一つで、地面に降りないことだ。

花壇の縁を歩いていて、地面に落ちたら死んでしまう(もちろん本当に死ぬことはない)。

その制約の中で、どこまで行けるかを楽しむのである。

花壇はどこまでも続いているわけではない。

途中でベンチの上を歩いたり、植込みの縁の狭い部分を必死に歩いたりする。

足場と足場が離れていれば飛び移り、着地したあとは懸命にバランスを取って堪える。

あまりに間隔の空いた足場を移動するときは、間に小石を落として足場代わりにもした。

とにかく、地面に足がつかなければセーフである。

 

この遊びの特徴は、まったく競わないことにある。

ゴールはない。

自分が満足したときが、遊びの終わりである。

どこに行くかも各人の自由である。

そもそも、誰かと一緒でないとできない遊びではない。

一人でだって遊べる。

ルールは地面に降りないことだが、誤って降りてしまってもペナルティはない。

他の子に「やーい、落ちた〜」と囃されたり、少しばかり悔しい思いをするだけである。

いたってゆるい。

 

何が楽しかったのだろうか。

自分で工夫して少しでも前に進むというただそれだけのことが、満足感を与えてくれていたのかもしれない。

あとは冒険がしたかったのだと思う。

コンクリートに囲まれた街に、未踏の秘境は存在しない。

どこでも好き勝手行けるわけではなかったし、実際に子どもがうろつくのは危険な場所も多い、治安のあまり良くない地域でもあった。

だから小さな公園を自分たちの想像力で未踏の秘境に変えて、冒険を楽しんでいたのだ。

落ちたらアウトの地面は、谷底だったかもしれないし、煮えたぎるマグマだったかもしれない。

足場の細い柵は、つかまるところのない吊り橋だったかもしれない。

それぞれがそれぞれの想像力で秘境を生み出し、苦境を乗り越える達成感を味わっていたのだ。

 

そう考えると、決して恵まれた環境でなくても、子どもというのは自分の想像力を活用して、懸命に遊ぶものなのかもしれない。

野山や川などの豊かな自然環境があれば言うことないのだろうが、そうでないコンクリートジャングルだったとしても、子どもたちはそれなりに楽しめるような気がする。

都会の環境をして、子どもの成育環境として不適だという考え方は、多分に大人目線の押し付けがましいものではないだろうか。

コンクリートジャングルで生まれ育った身として、そんな風に考えたりもする。