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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

過剰サービスの裏側で

最近、職場で私に対して「amazonプライム」と言っているのを耳にした。

どういうことか問い質すと、「朱天さんに仕事を頼むと、amazonプライム並みのスピードで仕上がる」と返ってきた。

仕事が早いと褒められているわけではあるのだが、こちとらamazonのように有料サービスで高速仕上げにしているわけではない。

ある意味ではそれが私のプロフェショナリズム、哲学、価値観なのである。

それは以前にも書いた。

仕事はスピードが命 - 異呆人

仕事が早いことで誰かが助かっていることは良いことだが、「amazonプライム」などと言われると、いいように使われているようであまり良い気持ちはしない。

まぁ言ってる当人に悪意がないことはわかるので、別段腹を立てたりもしないが。

 

私もしばしばamazonを利用する。

ネットショッピングは安いし、手間が少ないし、手触りやサイズ感を重視する商品以外では重宝している。

中でもamazonは、品揃えの豊富さと値段、配送の利便性のバランスが秀逸で、結果的に選ぶことが多い。

そして最近amazonを利用していると、この「プライムを利用してみませんか?」というのが、やたらと出てきて鬱陶しい。

なんでも、注文したら超速で届くらしい。

私はすぐに欲しいものはネットで買わないので、個人的には不要なサービスである。

たまにすぐに欲しいと思ったりするときほど、プライムの対象外だったりするし。

ちなみに冒頭で私を「amazonプライム」扱いした同僚はプライムを利用しており、有料の会費がもったいないからと、ついつい買い過ぎてamazonの思惑にハマると語っていた。

わかっているなら止めればいいのに。

 

どういう仕組みなのかわからないが、配達させられる方は迷惑な話だなと思う。

ただでさえ現状の物流は逼迫している。

年末には某物流業者の社員の悲鳴がネット上に流れて物議を醸していた。

配達に行ったのに不在で持ち帰る再配達は物流全体の2割に上るらしく、宅配ボックス設置が奨励されるなど、社会的な取り組みも推進されている。

私も不在票を投げ込まれることは多い。

黒猫さんに関してはメンバーズに登録しているので、配達日時を事前にメールで案内してくれる。

メールを見て日時変更するので、再配達してもらうことは少ない。

飛脚さんや郵政は、残念ながらほとんどが再配達である。

基本的に平日は出張で終日いないから仕方ない。

 

そんな現状を鑑みると、「amazonプライム」はやはり過剰サービスなのではないかと思う。

もちろんamazonはコストをかけてプライムのサービスを実現させているのだろうから、それ自体が悪いことだとは思わない。

しかしそういった過剰サービスを実現させるために投入される労働力を考えると、社会全体では非常に非効率で種々の歪みを生んでいるのではないかと思われる。

例えば、24時間営業を取りやめるファミレスやファストフードが出てきている。

労働力の確保が難しいことが理由だそうだ。

しかし、そこで投入される労働力が平準化されれば、昼間の労働力に余裕が生まれる。

そうすれば休みが取りやすくなったり、身体的な負担が減るなど、労働環境が改善されることもあるかもしれない。

企業が過剰サービスを止めることで、社会全体では利益を生むことがあるのではないだろうか。

これは学識者などの文章で最近よく目にする主張で、なるほどと思わされる。

日本はお客様が神様になっている。

行き過ぎたサービスは社会全体を消耗させたり、勘違いしたクレーマーを生んだりする。

 

先日、日経新聞に載っていた文章が面白かった。

日本の労働者の学歴や技能は、外国のそれと比べて高い水準にある。

本来、労働者の能力が向上すれば、それは労働者への対価の上昇につながるはずである。

もしくは、福利厚生の充実や労働環境の改善につながるはずだ。

仕事のスピードの例で言えば、能力が向上すれば仕事のスピードは上がり、それは生産性の向上につながる。

1人あたりが生み出す生産物が増えれば、対価は増える。

もしくは同じ生産量で生産性が向上すれば、余剰な時間が生まれ、労働環境が改善する。

ところが、ここ数十年、労働者の賃金水準は上がっていないし、相変わらず過労死が取り沙汰されるほど酷い労働環境も存在する。

労働者の能力が向上した分の上積みは、どこに消えたのだろうか。

その文章の筆者は仮説としながら、対価の支払われない無償の労働、つまりサービスとして消費されているのではないかと綴っていた。

本来、サービスが向上すれば価格が上がる。

だが企業が過剰なサービス競争に陥った結果、価格転嫁できないサービスに労働力が消費されているというのだ。

本当かどうかはともかく、面白い指摘だなと思った。

 

世の中はどんどん便利になっている。

日本の多くの地域において、24時間買い物できるところが近くにある。

温かい食事を提供してくれる店がある。

時間通りに荷物を届けてくれたり、時間通りに交通機関が運行する。

そういう利便性を当たり前として享受することの裏側で、もしかしたら支払っている代償があるのかもしれない。

そう考えると、多少の不便さは受け入れる、あるいは不便さを織り込んで生活するということも必要なのかもしれない。

会社の同僚も私のことを「プライム」などと言わず、「もう少しゆっくり仕事してくれていいよ」と言うくらいの度量を見せてほしいものである。