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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

ポストトゥルースと第3次世界大戦

www.asahi.com

最近、「ポストトゥルース」という言葉がよく出てくる。

すごくざっくりと説明するなら、「理屈(事実)より気分を優先する風潮」といったところだろうか。

マクドナルドのハンバーガーが身体に悪いと言われても(実際に肥満を助長する傾向にある)、「俺はハンバーガーが食べたいんだ!何が悪い!」といった感じである。

変な例えだが。

個人の趣味嗜好に関するものであれば、「好きなようにすればいいんじゃない?」で終わりなのだが、社会を形作る政治まで気分で決められてはたまらない。

そう思うのだが、昨年は「気分で決まったんじゃない?」と思えるような選択が多かった。

これは各所で指摘されていることで、英国のEU離脱とトランプ大統領の誕生である。

失礼かもしれないが、両方とも理屈を通せば選び得ない選択肢である。

今より良くなるか悪くなるかはともかく、もう1つの選択肢より劣っているのは間違いない。

それでも多くの人が新しい選択に賭けてみたのだ。

それだけ現状が厳しいとも言えるのだが、捨て鉢というか、思考放棄しているに等しいと思う。

 

私なら、冗談でも「メキシコとの国境に壁を作る」とか言う人に票は入れない。

あれだけ女性蔑視や人種差別的発言を繰り返しているのに、そこを無視してまでトランプさんを選ぶメリットが見えない。

はっきり言って彼は下衆だと思うのだが、そんな理屈より「とにかく現状を変えてほしい」と思うのだろう。

オバマさんは「change」をスローガンとしていた。

確かにオバマさんによってアメリカが変わったところもあるのだが、変化によってより厳しい状況に置かれた人も多かったのだ。

それが今回、単なる現状否定という形で現れたのだ。

その選択が今後どのような結果をもたらすのか興味深いなと思う。

 

それにしても、トランプさんの言ってることとやってることは相変わらず凄まじい。

企業の立地戦略に堂々と口を出し、従わせていい気になっている。

駆け引きというより、ただの恫喝である。

大統領就任式の観覧者数に関するマスコミの報道にも「虚偽だ!」とか言い出すし、自身の発言が間違っていたときの大統領報道官の言い訳が「手元に来た資料が間違っていた」である。

学校の発表会や社内のミーティングでの発言とは違うのだ。

「手元に来た資料が間違っていた」で、核ミサイルのボタンを押されたりしてはたまらない。

大統領報道官が情報の真偽や正誤にそれだけルーズなら世も末である。

いや、すでに民主主義の終末なのかもしれないが。

 

英国のEU離脱に関しても、メイさんの単一市場からの撤退発言は真っ当である。

いいとこ取りは許されないのが理屈である。

それはEU離脱という選択をするときからわかっていたことだろうに、「EU離脱は選んだが、単一市場からの撤退を選んだわけではない」という離脱派の理屈は、子供が駄々を捏ねているようにしか聞こえない。

たとえその理屈がその人にとって真実であったとするなら、それは不都合に目を瞑っていた、あるいは単にバカだったというだけの話である。

聞こえのいいことだけを聞かされて、流れに乗せられた一般人が言うならともかく、それを主導した政治家が言うのだから聞いて呆れる。

 

気分や感情を優先した先に、私は第3次世界大戦でも発生するのではないかと思っている。

冗談ではなく。

戦争なんて、基本的に誰の得にもならない。

誰の得にもならないのに人々が戦争をするのは、イデオロギーの違いからである。

違っていることを受け入れられないから相手を攻撃するのである。

現代の戦争の大半はそうだと思う。

昔々の領土拡大を狙った戦争は別だが。

グローバル化が進んだ現在においては、国境というのはほとんど国の形を表すに過ぎなくなっている。

領土をいたずらに広げて得られるものは少ない(経済的利害の深く絡む海洋の領土問題は別である)。

イデオロギーの違いで争うということは、好きとか嫌いとかで争うのと同じである。

 

宗教の、あるいは宗派の違いで戦争をするのも、好き嫌いで争うことである。

イスラム国に志願するような若者が出てくるのも、今の自分を取り巻く社会が嫌いだからである。

そうやって好きとか嫌いとか、気分やノリで物事が決まり、争うようになってくると、ちょっとしたきっかけで雪崩を打つように事態が動いてしまうものである。

例えば先日、アメリカの無人潜水機を中国が奪取する事件があったが、ああいうことが起こった時に「この野郎、そんなことするなら戦争だ!」となりかねない。

理性的に考えればそうはならない。

無人潜水機を1機失うより、戦争して失うものの方が圧倒的に多い。

たとえ勝ったとしても、である。

オバマさんが人権問題とかテロの可能性とか色々理解しながら、それでも中東で戦争をしたがらなかったのも、損をするだけだからである。

軍隊なんて動かすだけで、莫大な資金が溶けるように使われるのである。

それが財政を圧迫し、国力を衰退させる。

そうやって勝って得られるものは、イデオロギーの正しさを誇示する自己満足くらいなものである。

 

特に米国と中国は危険だなと思う。

中国は微妙に統制が効いていない。

第2次世界大戦の日本みたいに、軍が暴走しかねない。

そこに恫喝まがいの交渉をするトランプさんが出て行くのである。

カッとなって手が出ないとも限らない。

ロシアのプーチンさんは狡猾だから戦争まではしない。

戦争するときは、楽に勝てるときだけだろう。

下手な戦争は損をするだけだとわかっているだろうから。

だから米国と中国が怪しいなと感じる。

今の風潮は少し危険だなと思う。

 

人々に危機感がないことも危ないなと思う。

今の生活が今日も明日も続くものだと思っている。

その気になれば、中国が日本にミサイルを撃ち込んだり、爆撃機を飛ばしたりすることは簡単である。

多少は防げても、全部は無理だろう。

爆弾1つ街中に落ちれば、それが都市のど真ん中であれば、どれだけの被害が出るか明白である。

家族や友人知人が一瞬で肉片になるかもしれない。

趣味や仕事どころではない。

今の日本には防空壕もシェルターもないのだから、逃げたり隠れたりする場所もない。

万一、米国と中国が戦争するようなことになれば、同盟国である日本が狙われても不思議ではない。

奇襲だってあるかもしれない。

日本が真珠湾でやったように。

 

だからそんなことにならないように、あまり気分や感情で過激な主張に走らず、冷静に未来のことを考えてほしいものだなと思う。

とにかく現状が嫌だというなら、自分一人死んでくれた方がマシである。

それが嫌なら、お互いにとってベターな妥協点を探り合ってもらいたい。

「自分さえ良ければ」という発想が、衝突を生むのである。

お互い一歩ずつ譲り合えれば、適度な距離感で付き合えるのになと思う。

別にそんな大きな話に限らず、普段の生活でも、なのだが。