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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

シンパシー

お題

今週のお題「恋バナ」

 

あまり恋だの愛だのに熱をあげるタイプではなく、惚れた腫れたということはないと言っていい人生である。

「女っ気がない」と昔から周囲に言われ続けており、親も結婚の運びとなるまで気を揉み続けたようだ。

別に恋愛を軽視しているわけではない。

私は人間に可能な最高に創造的な行為は、出産・子作りだと思っている。

恋愛というのは、そこに至るまでに必要な、本能にインプットされた仕組みである。

だからむしろ他人に危害を加えないうちは、人間の体験できる最も美しい時間なのではないかと想像する。

それでも私が恋愛から縁遠いのは、自分自身を変えていく中で、私が取捨選択したものの捨てる方に、恋愛感情が混ざっていたからだろう。

冷静さを保つために、ドキドキする感情をまとめてゴミ箱に突っ込んだ。

たぶん、その中に入っていた。

だから私に愛はあっても恋はないし、嫁になる予定の人にもドキドキしたことはない。

あるのは、大切にしたいという気持ちだけである。

 

自分から恋愛してみようと試みたこともあるし、女性から直球やそれに近いスプリットみたいな恋愛感情を投げられたこともある。

いずれにしても、私はその気になれなかった。

たぶん自分の中のスイッチを一つ切り替えるだけなのだと思う。

「恋は盲目」、「恋に恋する」というように、恋愛の半分なんて思い込みと思い切りだろう。

思い込めれば、「あばたもえくぼ」である。

私が思い込めないのは、「何か違う」という感覚がどこかにあるからである。

例え見た目も可愛く、性格も良くても、何か埋めきれない溝を感じる。

嫁予定の人の場合、なぜかその溝を感じなかった。

素直で自己主張が強くないためかもしれない。

居心地の良さを感じた。

そして2人で更地に家を建てる感覚で関係性を構築できる。

それが結婚を決めた理由の一つでもある。

 

もし自分が恋愛することがあるとしたら、こんな人かもしれないなと思う人はいる。

職場の同僚である。

お互い中途入社だが、入社時期が近く、いわば同期のような存在である。

だからといって「一緒に仕事をするうちに徐々に…」というような感じではない。

最初に雑談したときに、「あぁ、この人は自分と似てるな」と感じた。

性格というよりは価値感、あるいは考え方が。

現実的だけど刹那的、堅実さと投げやりを足して割ったような諦め。

そういったところが、である。

 

それはお互いわかるものなのだろう。

仲が良い。

プライベートな話もいろいろとする。

それは恋心というより、シンパシーというものに近い。

「仲間」という感覚である。

仕事も、細かい話をしなくても息を合わせられる。

きっと思い込みや思い切り、何か一押しがあれば恋に転がるのだろう。

そうならない、あるいはそうしないのは、彼女が既婚者だからである。

だから2人でランチに行くことはあっても、飲みに行くときは複数である。

仲が良くても、お互いきっちり線を引く。

それは暗黙の了解である。

言わなくてもわかる相手には、言うだけ野暮というものだ。

 

先日の飲み会の帰り道、駅まで2人で歩くことになった。

物凄く寒くて、息が白く濁った。

他愛ない話をしながら、並んで歩く。

手をつなぐわけでもなく、腕を組むわけでもなく、お互いポケットに手を突っ込みながら、歩調が乱れたときに肩がぶつかるくらいの距離。

そのくらいがぎりぎりの、心地良い距離なのだと思う。

面白いものだなぁと、ぼんやり思った。

パラレルワールドがあれば、彼女に恋するのもいいかもしれない。