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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

悪意がないことと、悪くないことと、悪いやつじゃないこと

随想

先日、今やっているスマホゲームで、ちょっとしたトラブルを見かけた。

ゲーム内ギルド的なものの中で、モラル違反のようなプレーヤーがいたのである。

モラル違反と言っても重大なものではなく、他の仲間のプレーヤーから好意で貰い受けたアイテムを、無駄に浪費するような真似をしたのである。

貰い受けたアイテムをどう使おうが、それは貰った人間の勝手だが、ちょうどそのプレーヤーが困っていたから皆が譲ったわけであり、その使い方はないだろうとギルドの管理人が注意したのだった。

ところが注意されたプレーヤーは、何が悪いのかと開き直るような素振りを見せたのだ。

それでプチ炎上してしまった。

無理からぬ話だとはチャットを見ていて思ったが、顔が見えないネット故のトラブルだなとも思った。

 

それまでのやり取りからして、私は注意されたプレーヤーが、軽度の知恵遅れやADHDのようなものではないかと思っていた。

どうもゲームのルールをきちんと把握出来ていない節があり、チャットも異様に誤字脱字が多かった。

だから炎上した件も、何が悪いのかと開き直ったと言うより、ゲームの仕組みを理解していないために本当に何が悪いのか理解していなかったのだと思う。

炎上したあと少しチャットが荒んだときに、私はそんなことを呟いた。

すると今度は、注意した管理人が自分が悪いことをした気になったのか、凹み始めた。

もうなんだかめんどくさい奴ばかりである。

管理人の対応は常識的だった(ちょっと常識的過ぎたところはあるが)。

何も悪くない。

そのとき言ったことが、「悪意がないことと悪くないことは違う」である。

確かに注意されたプレーヤーはゲームの仕組みを理解していなかっただけで、悪意はなかったかもしれないが、やったことが悪くないわけではない。

しばらく前、無銭飲食とか線路に人を突き落とすとかやった輩と同じである。

 

悪意なく悪いことをする人間はたくさんいる。

悪意がないから赦されるわけではない。

むしろ、悪意がないが故に悪質である場合もあるかもしれない。

故意と過失は違うので、やはり世間的には悪意がある方が悪質なのだが、ナチュラルに悪いことをする人間というのも、なかなかに気持ち悪い。

例えば殺人を犯した場合でも、精神に異常があると認められれば処罰されないことがある。

悪いことをしても、悪意(殺意)がなければOKなケースである。

では、貧困やネグレクトが原因で、子供が食べ物を万引きしたらどうだろう。

この場合、やったことは悪いことであるが、悪意があったと言えるだろうか。

難しいといえば、難しい問題である。

私は悪いことをした奴は、処罰に手心を加えることはあっても、基本的に罰するべきだと思っている。

どんな理由や事情があれ、殺人でも万引きでも、やってはいけないことである。

悪意がないことと、したことが悪いか悪くないかは別だと考えている。

責任能力の有無も関係ないと思っている。

責任能力がなくても、やったことが悪いことであれば償わなければならない。

それができないのであれば、悪事をなす可能性を奪うしかない。

 

モラル違反に関しては罰することはできないが、批判は免れられないとは思う。

ただし所詮、社会的なモラルなんてものは価値観の集合体でしかないので、一定以上は善悪というよりただの好き嫌いである。

強烈に攻撃する人間というのは、自分の価値観が絶対的に正しいと思っているのだろう。

ただの好き嫌いで相手をやり込めようとする人間というのは、モラル違反を犯す人間と同レベルではないかと思えることもある。

「私はあなたが嫌いです」と意思表明することは結構だと思うし、自由だが、それにより相手の権利を侵害することは許されないだろう。

 

それと、「悪いことをすること」と「悪い奴であること」も別だと思っている。

「罪を憎んで、人を憎まず」という考え方である。

悪いことをしたからといって、した奴の人間性まで全否定する必要はない。

会社では最低なパワハラ上司でも、家に帰れば優しいお父さんかもしれない。

人間というのは多面的で複雑なものである。

誘惑に負けて、出来心で、悪いことをすることもあるかもしれない。

また、止むに止まれず悪事に手を染める、犯罪を犯すこともあるだろう。

全部いっしょくたにして「悪い奴」というレッテルを貼るのも、如何なものかと思う。

もちろん、やっていることも最低で、人間性も最低な救いようのない奴だって山ほどいる。

 結局は個々のケースにおいて、先入観を持たずに見極めていくしかない。

 

何が言いたいかというと、どんな理由があれ、ルールに反すれば反した奴が悪いということである。

ルールが間違っているというなら、ルールを変えればいい。

文句を言うのは自由だが、ルールに則らない理由にはならない。

「悪気がなかったから」、「(認知症知的障害、心身衰弱により)責任能力が無かったから」というのも、処罰を軽減する理由にはなっても、処罰されない理由にはならないと思う。

加えて、すべての犯罪者が悪い人間であるわけではない。

やったことが悪いことであるかどうかと、そいつが悪い奴であるかどうかは別である。

モラルなどはもっと個人的な価値観の問題でもあるので、ほとんど好き嫌いに等しい。

好きか嫌いかは自由に表明すればいいと思うが、悪い人間だという決めつけは早計だろう。

一つのルール違反、一つのモラル逸脱をもって悪人だというなら、私たち人間のほとんどは業の深い悪人でしかないだろう。

 

最近、いろいろなことを見聞きしていて、改めてそんなことを考えた。