異呆人

毒にも薬にもならない呟き

人口減少社会と移民

news.mynavi.jp

昨年の出生数は5年ぶりに増加したようである。

日経新聞の記事などでは、子育て支援策の効果の可能性にも言及しているが、そんなにすぐに実感できるほどの効果は出ていないと思う。

あえて要因を探るなら、社会的な意識の変化があるのではないだろうか。

例えば、東日本大震災後の繋がりを求める風潮が、家族的繋がりの豊かさを求める方向に働き、子供を持つということに時間差で表れているとか。

まぁこんなことは言い出せばキリがないわけだが、政治家が「少子化対策が奏功した!」とドヤ顔で言うには、まだかなり早い段階だと思う。

別に政治に限らないが、今やっていることの影響がすぐに表れることなど少ない。

それでも地道に現状改善に向けて努力を重ねることが、将来の果実へと結びつくのである。

 

出生数が昨対で増加したとはいえ、現状は圧倒的に人口減少社会を突き進んでいる。

これは社会の高度化、あるいは成熟化からして仕方ない部分がある。

皆が高等教育を受けるようになり、就業する年齢が上がれば、どれだけ頑張っても生涯に産める子供の数は減る。

教育の高度化が進み、そこにかかる金が増えれば、たくさん子供を持つことに躊躇いもするだろう。

政府の出生率目標1.8は、子を希望するカップルが実際に望むだけ子を持てた場合の数字であるが、これでは人口を維持するのに全然足りないわけである。

そもそも「希望する子の数」自体が増えなければ、どうしようもない。

これは生活様式や価値観の問題でもあるので、あまり国が深入りするところでもないが、本当に危機感を持つなら、子を持ちたいと思える人が増えるレベルまで、社会的なインフラや制度の整備を進めるべきだろう。

 

どこかで書いたような気もするが、私は人口が減ることをさほどネガティヴには捉えていない。

減ることで日本の国力は衰退するだろうし、減る過程で種々の制度の歪みが国民を苦しめることになるだろうが、人口が0になるわけではないので、どこかで落ち着くことになるはずである。

縮小均衡

「Japan as No.1!」など求めなければ、ある程度減ることはむしろ好ましいと思う。

それこそAIや産業機械などが発達し、労働生産性が上がる、というかそもそも労働の必要性が下がれば、ちょうどいい具合になるのではないかと思っている。

 

もちろんイノベーションに伴って新たに創出される仕事はあるだろうし、そこで人の手が必要になることもあるだろう。

どうしても人間が必要で、必要な数を賄えないなら、私は移民を積極的に受け入れればいいと思っている。

多様性の尊重だとか、寛容の精神の美徳だとか、散々説かれている割には、日本の移民に対する姿勢は閉鎖的に過ぎると思う。

それが手っ取り早いし、また移民がゆくゆく日本人になっていくのであれば、そのエネルギーは日本の活性化にも繋がる。

多様な価値観が共存できるなら、それは新たな価値観の創出、イノベーションにも繋がるだろう。

うまくやれば良いことづくめだと思う。

 

一番心配されるのは治安の維持だろう。

これは諸外国でも現実問題として発生している。

だが移民が治安の問題点となる背景には、社会の側の不寛容があると思う。

それはコミュニティからの疎外だったり、経済的な格差だったり、制度的な不備だったりする。

「移民=低賃金の労働力」という認識があるうちは、移民の犯罪リスクなど下げようがない。

社会が受容してくれるなら、その社会を破壊しようなどという発想は持ち得ないと思う。

これはIS問題だとか、ローンウルフ型の凶悪犯罪だとかにも通じることである。

私たちは、自らの敵を自らの手で生み出している。

すべてを受容することなどできないが、ほんの少しの共存のための努力が足りないのが今の世界だろう。

 

日本人が本当にそれだけの度量を持てるなら、そもそも人口減少社会になどならない気もするが。

家の近所に保育所が立つことに反対運動が起こる有様なのである。

そんな社会なら衰退して然るべきというか、衰退してしまえと言いたくなる。