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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

忘れ物をなくしたい

今週のお題「2017年にやりたいこと」

 

あけましておめでとうございます。

本年も宜しくお願い申し上げます。

 

さて、新年一発目の記事だし、ちょうどいいお題もあることだし、何か今年の抱負をと思ったが、残念なことに何も出てこない。

散々このブログにも書いてきたが、私は基本的にやりたいことが湧き出てくるタイプではない。

むしろそういうポジティブなモチベーションが少ないタイプである。

そして「自由の効くうちにやりたいことはやったかな」という満足感に似た諦めが、「そろそろ結婚しようかな」という気持ちにさせたのである。

 

もちろん小さなことは挙げればキリがない。

今年はトレイルランに挑戦したい、というか挑戦する予定が入っている。

去年はパスしてしまった簿記2級も受けて、できれば合格したい。

競馬も一度は中央の重賞を現地観戦したい。

でも、それらが死ぬまでにどうしてもやりたいことかと言われれば、できなければできないでいいことである。

相変わらず私の興味や集中力は散漫で、片手間でそれなりの格好をつけて満足してしまう気がする。

わかったつもりになるのは十八番である。

 

私が人生において、ある意味積極的にそういう道を選んできた部分もある。

例えば、テストで50点の科目を80点まで伸ばすことは難しくない。

しかし、80点の科目を90点、100点にすることはなかなか難しい。

おそらく50点を80点にするために必要なエネルギーより、80点を90点にするために必要なエネルギーの方が大きい。

それでも現実的に結果だけ眺めれば、30点の向上と10点の向上という差が出るのである。

私がその道で生きていくつもりなら、ただ100点満点を目指して研鑽するのみである。

エネルギー効率など考える必要はない。

だが、やりたいことが見つからないこれまでにおいては、とりあえず70点、80点の及第点が取れるまでやってみて、また違うことに手を出すことの繰り返しだった。

人間の総合力という観点から言えば、その方が効率的なレベルアップが図れる。

そして幸か不幸か、私の汎用的資質がその傾向を助長している。

 

余談はこのくらいにして、今年はやりたいことより、やらなければならないことである。

結婚する。

新生活が始まる。

他人との共同生活など、家族とだって10年以上していない。

まずはそのための準備として、今月は引越しや新生活に必要な家具家電の購入がある。

それから結婚式の準備である。

半年はそのために忙殺されることが予想される。

ここまでは待ったなしである。

あとは新婚旅行に行きたいそうなので、これもまたやらなければならないことに含まれる。

相手の親族との付き合いや、自分の親族との付き合いも、必然的に増えることになるだろう。

 

仕事の変化はわからないが、年度替わりで新入社員を採るそうなので、その研修などを担当させられる可能性はある。

仕事でやりたいことなど特にないが、やらなければならないことは増えそうな気がする。

これらの合間をぬって、今年は久しぶりにフルマラソンを走りたいが、できるかどうかは体調とスケジュール次第である。

そもそもこのスケジュールだと、申し込みのタイミングを逸してしまいそうだ。

夏くらいに申し込んで、秋口から冬にかけてならワンチャンか。

簿記を受けるなら、同じくこのタイミングだろう。

 

あぁ、しかし、この記事を書いている最中に、ぜひやりたい、というか、やらなければならないことを思い出した。

忘れ物をなくすことである。

年末、彼女の親戚に挨拶に行くときに持って行く手土産を、家に忘れてしまったのである。

慌てて現地で見繕ったが、ちょっとヒヤリとした。

一昨年だったか、義父になる人に初めて挨拶に行ったときも、手土産を電車の網棚に忘れてしまって、こちらはどうしようもなくなったのである。

そういった経緯から、今回は彼女からは随分と厳しく言われた。

これまでも彼女とのデートや約束においても、たびたび忘れ物をしているということもある。

 

私にとって、傘の置き忘れなどは朝飯前である。

財布とか携帯も平気で忘れる。

というか、先日、会社に着いてから財布を家に忘れたことに気づいた。

忘れる物がどれだけ大切なものか、どれだけ忘れないよう心に留めてるかは関係ない。

忘れるときはスッパリと忘れる。

今回も、忘れないように手土産を玄関に置いておいたのである。

それでも忘れた。

予定や約束も忘れる傾向にあるので、仕事の分も含めて、スケジューラーやアラームを使ったリマインドには力を入れている。

幾重にも張られた警戒網をかいくぐって忘れるのだから、もはや一種の病気ではないかと思っている。

そういえば小学生のとき、あまりに忘れ物癖が治らなくて、担任の先生を泣かせてしまったことがある。

20年以上前から変わっていないということになる。

 

だが、本人の努力や苦労など知らない他人からすれば、「忘れて悪びれたところがない」とか「開き直っている」とか「言い訳がましい」と言われたりするのだから辛いものである。

そんなつもりは更々ないのだが、更々ないことは結果で証明するしかあるまい。

ということで、2017年のやりたいことは「忘れ物をなくす」ということにする。

なんだか小学生の元旦の計でも、もう少しマシな目標を立てる気がしてきた。