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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

回顧2016 〜その他〜

怒涛のラッシュで書き続けた2016年の振り返りもこれで最後。

他に何があったかな、などと考えるまでもなく、私にとって2016年一番のトピックスはプロポーズしたことである。

いや、〜その他〜じゃねぇよ。

競馬とかFXとか振り返ってる場合じゃなく、そこを一番に振り返れよ、と言われそうな気がする。

でも、私にとって結婚に関することは予定調和で、あまり大きな出来事だったとは感じない。

付き合った時から1年後に結婚することは決めていたし、それを相手にも話していたし、だからほぼ全部が自分でレールを敷いて、その上を綺麗に走っただけのことである。

周囲からも計画的というか、抜かりがないというか、それは仕事においてもプライベートの他のことにおいてもそうなのだろうが、そう言われてしまう。

まぁそれで悪いこともないので、とやかく言われることはないと思っている。

 

周到なのである。

気質的に特攻隊長やるよりは、策士・参謀として後ろに控えていたいタイプなのだ。

だから起こることをできる限り予測し、先手先手で布石を置いておく。

そういった布石や伏線は、役にも立たず、回収もされずに終わることも多いのだが、ふとした時に「あぁ、こんなところに置いていたかな」と思わされ、安心させられることもある。

そしてそれが比較的有効に機能することは、自分自身が生きてきて実感しているし、また他人から私が重宝される理由でもあるのだと思う。

 

その点において、2016年はほとんどすべてが予定調和の年だったと言えるかもしれない。

いろんな変化があったのだが、それは予測し得た変化で、見えていた未来でもある。

昔はそんなの面白くないとか思っていたが、そんなことも言っていられない。

「だったら何ができるのか、何をしたいのか」と自問した時に、明確な答えは出てこないのである。

それはもう、この十数年繰り返している自問自答で、それが繰り返されるということが、そのままこれからどうすべきかの回答なのではないかと思うのである。

つまり私の人生にはびっくり仰天の変化は訪れないし、私自身にそういったポジティブな変化を生み出す能力がないのである。

ならば、たとえ面白くない見える未来であったとしても、それで誰かが喜んでくれる、誰かの役に立つのであれば、私にとって不要なこの人生も少しは意味のあるものになるのでないかと思うのだ。

それは私にとっての意味ではなく、意味を欲する誰かにとっての意味である。

もとより人生に意味などないし、私はそんなものはとっくに求めていない。

 

だから良いとも悪いとも思わない、平凡で穏やかだが少しずつ前に進んだ一年だった。

これからは、そうやって少しずつ前に進むことの繰り返しになるのだろう。

私の人生はきっとそれで終いである。

そう思うから、子供が欲しいなぁ、なんて思う。

私から生まれる、生み出せる、最も大きな可能性の塊だから。

それがどんなものになるかは知るところではないし、当人が決めることなのだが、そういった可能性の行く末を、ぼんやり眺める人生も悪くないかなと思う。

だから結婚しようと思ったわけだし、つまりもっと先の出来事まで含めて、まだ予定調和の最中である。

 

これから、まだ嫁になる予定の彼女の実家に行き、先方の親戚方に挨拶回りをし、彼女の実家で年を越す予定である。

年明けは私の実家に一緒に行き、そのまま一泊してもらう。

私はそのまま正月三が日は地元で過ごし、親戚回りと地元の友人への結婚報告などをする。

彼女には一足先に帰ってもらう。

ということで、ブログもこれが本年最後。

それでは、皆様、良いお年を。