異呆人

毒にも薬にもならない呟き

ソースに対する冒涜

会社の近くに小さなトンカツ屋がある。

老夫婦二人で経営している食堂のような店である。

メニューはカツ丼とトンカツとメンチカツくらいしかなく、旦那は愛想が良いが、奥さんはすこぶる愛想が悪いという面白い店である。

値段はお手頃なのに揚げたてのトンカツはなかなかに美味く、お昼時はサラリーマンで賑わっている。

少人数でのランチで、たまに行ったりするのだが、4回に3回くらいは満席で諦める。

だから結局、年に1,2回しか食べられないことになる。

 

そこのトンカツ屋に行くたびに、同僚から言われることがある。

「トンカツにソースかけないの?」と。

そしてそのたびに、「かけない主義です」と回答することになる。

私はソースがあまり好きではない。

それからケチャップもあまり好きではない。

揚げ物にはほとんどの場合、何もかけない。

例外的に認めているのは、ハンバーグやステーキのデミグラスソース系くらいである。

 

ソースの味が嫌いなわけではない。

そんなことを言ったら、たこ焼きや、お好み焼きや、焼きそばは食えなくなる。

あれらはソースの味を楽しむもの、ソース味の料理だと思っている。

ナポリタンやオムライスも同じである。

あれらはケチャップ味の料理である。

しかしトンカツは違う。

トンカツは肉や衣を楽しむ料理である。

ソースをかけると、どうしてもソースの主張が強すぎて気になる。

私は、特にトンカツの肉と衣の間の、肉汁が衣に滲み出ている部分が好きなのだが、それを一番楽しむには何もかけないのが良いと思っている。

 

コロッケにソースというのも納得できない。

ジャガイモの薄味は、ソースの味に圧倒的に負ける。

居酒屋ランチの隅についている、味のしない冷凍コロッケなら仕方ないと思うが、できればソースをかけた状態で提供するのはやめてほしい。

フライドポテトにケチャップというのも、できればやめてほしい。

沖縄のマクドナルドでポテトを頼んだとき、何も言っていないのにケチャップが提供されたときは衝撃を受けた。

なんのために塩を振ってるんだよ。

 

小さい頃、夏休みなどの長期休暇で、母親が昼飯を作るのが億劫になってくると、よく焼き飯を作ってくれた。

しかしながらこの焼き飯、ほとんど味付けしてないんじゃないかと思うくらい味が薄かった。

ところどころ入っている、ハムやらウインナーやらの塩気が頼りである。

なので醤油をかけてごまかすことがしばしばあったのだが、父親はそこでドバッとウスターソースをかけるのである。

私はそれが理解できなかった。

醤油ならまだしも、ソースをかけてしまうとソースの味しかしなくなる。

作った母親に対しても失礼ではないかと思ったものだ。

当の母親は全く気にしていなかったようだが。

 

なので「うちはソースがウリです!」みたいなトンカツ屋に遭遇すると、とても申し訳ない気持ちになる。

最初の一口目くらいはかけて食べてみたりするのだが、二口目にはもう何もかけずに食べ始めることになる。

これは店に対して失礼ではないだろうか、いやでもかけない方が美味しいし、などと少し逡巡するのである。

これは串カツでも同じである。

「二度づけ厳禁!」などとドヤ顔で言われても、私は一度もつけないのだから逆に申し訳ない気がする。

ソースに対する冒涜を犯している気がしてくる。

 

繰り返すが、ソース味が嫌いなのではない。

「ソースかけなくてもよくない?」と思う料理があるだけである。

トンカツをソースをかけた状態で提供するなど、もってのほかである。

ソース味に加えて、時間が経てば衣がしんなりしてしまう。

妻になる人にも言っておかねばなるまい。

そういえば、私が関西人なので「料理は薄味にしなければならないだろうか?」とか心配していた。

私好みの味付けなどはそのうち知ってもらえば十分だが、ソースだけは気をつけてほしい。

あっ、あとケチャップね。