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異呆人

毒にも薬にもならない呟き

理想って、実現しないから理想なのかもしれない

ずっと、結婚するなら相手は自分のことを理解してくれる人がいいと思っていた。

しかし私は同時に、相互理解というものは幻想だと思っている。

人と人はわかり合えないから - 異呆人

矛盾している。

だから私には結婚相手どころか恋人もいなかった。

自分の中で「こうあってほしい」という基準に該当する人がいなかった。

女性の側だって、理解できない相手には二の足を踏むだろうが。

何も無理難題を求めているわけではなく、「あなたってこういう人ね」と言われて、私自身が「なるほどそうだな」と思えればいいのである。

私の場合、親にまで「理解できない」と言われるレベルである。

異端① - 異呆人

親しい友人にもストレートに「理解不能」と言われることが多いし、それは仕方ないことだと思っている。

理解できなくても受け入れてくれさえすればいい。

ただ人間というのは基本的に、共感や同調を求める承認欲求を持っているので、無理だとはわかっていてもそれを望みたくなる。

 

多少奇行はあるが、私は自分のことをそこまで極端な変人ではないと思っている。

行動が理解されないというより、その背景にある行動原理というか、思想が理解されないのだろうなと思う。

やや極端な合理主義であったり、死生観であったり、人生観であったり、そういうものが人とズレているのである。

昔はズレていようがなんだろうが、声高に自分の理論を展開し、それこそ変人扱いされていた。

だが話しても理解を得られないのは、わかっていても少し寂しいものはあるし、年を重ねると面倒になって、あまり主張することはなくなった。

そうすると今度は、説明されない私の行動が謎のままになるので、「理解できない人」というレッテルは変わらないままになる。

このブログの初期の記事にそういうものをまとまらないままに書き散らかしているのは、あまり語らなくなってフラストレーションが溜まったからでもある。

 

結婚に関しても同様で、例えば親は私がなぜ結婚に積極的でなかったのかも理解していなかったし、それがなぜ急に結婚すると言い出したのかも理解できていない。

結婚に積極的でなかった根本の理由は、自分が自然死するよりも早く、どこかのタイミングで人生の幕を引きたいなと思っていたからである。

そして結婚することにしたのは、今その可能性が限りなく低くなり、逆に楔があった方が生きることに前向きになれると思ったからである。

もちろんそれ以外にも理由はあるし、そういったものが複雑に絡み合って決断はなされるものである。

しかし、こんな理由を説明しても理解されないだろうし、もっと突っ込んでいけばもっと難しい話をせざるを得なくなる。

めんどくさい、だから語らない。

逆に言えば、そこをもっと突っ込んで深い話をしたいと思う相手、そしてその一部でも理解してくれる相手がいれば、私はきっとその人に夢中になったと思う。

それが理想の相手である。

 

今の嫁予定の彼女は、そんな話をできる相手ではないし、きっと理解もできないと思う。

彼女にはそうでなくとも傷がたくさんあるので、私のナイフみたいな思想は大怪我の元である。

それでも彼女は人間的に優しいし、だからこそ長く一緒にいられる相手だと考えたわけである。

私の真意がわからないときでも、「何か深い理由があるはず」くらいに思って受け入れてくれていることも多い。

ありがたい話である。

ただ、どうしてもときどき、ふっと物足りなく思うときがある。

孤独を感じるときがある。

それはきっと、ずっと付き合っていかなければならない感情で、たぶん何をどうやっても解決されることはないのだろう。

 

私の理想の相手というのは蜃気楼のようなもので、どこまで行っても辿り着かないものなのだ。

しかし本来、理想というのはそれでいいのかもしれない。

その理想と現実の間で落とし所を探るのが人生であり、適切に落とし所を探るために物差しの一つとして必要なものが理想なのだろう。

詮無い話である。