読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

異呆人

毒にも薬にもならない呟き

変人論

私の周りには変人が多い。

いや、どちらかと言えば「多かった」と言うべきかもしれない。

最近はあまり魅力的な変人に出会っていない。

まぁ変人というほどではないにしても、一癖ある人が寄ってくることは今でも変わりない。

それは誰しも皆、一皮剥けば変人だということなのかもしれないが、どうも私は変人にこそ好かれてしまう気がする。

それについては、たぶん私が変人だからなのだろうと理解している。

 

いろんな変人に出会ってきて思うことは、変人には2種類いるということである。

ナチュラルに変な人と、個性的でありたいと願って変人になってしまった人である。

その境目の一つが、自分が変人であることに自覚的かどうか、だと思う。

ナチュラルな変人は、自分のことを「変人」だと思っていない。

「えっ、普通じゃないの?」くらいの感覚でいる。

そうであるがゆえに困ることも多いのだが、周囲が「〜さんだから仕方ないか」と諦めるしかなくなる。

対して、なりたくて変人になった人は、自分が変人であることに自覚的で、尚且つ変人であることに誇りを持っている。

「変わってるね」という言葉を、褒め言葉と受け止める人たちである。

ただナチュラルな変人の中にも、あまりに変人と言われて生きてきたがゆえ、変人であることに自覚的な人もいる。

そして自分の中での葛藤の結果、変人であることをポジティブに受け容れる人もいる。

 

もう一つナチュラルな変人の特徴を挙げるなら、見た目が普通であることが多い。

彼らは個性をアピールしたいわけではなく、結果的に個性が前に出てしまっているだけだからだ。

なりたくてなった変人は、自分の個性がわかりやすいように、奇抜な格好をすることがある。

見た目が奇抜な人は、周りの人間も変人扱いしやすくて助かる。

これも単純な個性の発露の結果として奇抜な格好をした、ナチュラルな変人もいる。

だからあくまで参考指標である。

実際にはどちらのタイプなのか、面と向かって話をすればわかる。

相手の根本的な価値観や人間性は、対話によって引きずり出すことができる。

それらを隠す場合でも、「隠している」という雰囲気は滲み出るものである。

だから私は、会って話をすることをとても大切にしている。

もちろんそれは、変人判定をするためだけになされるのではないが。

 

ナチュラルな変人だろうが、なりたくてなった変人だろうが、良いも悪いも特にない。

「あぁこの人はこういうタイプだな」と思うだけである。

人物が出来上がるプロセスがどうあろうが、目の前にいる人間の性質や価値が変わるわけではない。

そして、どちらの場合も共通すると思うことは、その他者と比較して「変人」な部分というのは、概ねその人の弱点やコンプレックスに起因することである。

人が「変わっている」と異質性を感じるのは、良くも悪くも歪んでいるからである。

某ビール会社のCMに「丸くなるな、星になれ」というものがあった。

尖った個性や長所を讃美する内容だが、尖ったところがあるからには、凹んでいるところもあるのである。

私はむしろ人間的な「凹み」の反動が尖った個性であり、その凸凹の歪みが「変人性」だと思う。

ナチュラルな変人は初めからその凸凹を抱えている。

なりたくてなった変人は、コンプレックスの裏返しで自ら尖ることを望む人が多い。

だから能力的にも性格的にも平滑な人は、いたって普通であるように見受けられるはずだが、実際にそんな凸凹のない人間はほとんどいないわけで、そのため程度の差こそあれ皆変人だと言い得るわけである。

でもやはり程度の差はあると思うし、一般的にはそこが重要というか、マジョリティとマイノリティを分けるところでもあるのだと思う。

 

私はよく変わっていると言われる。

変わっているという自覚もある。

ナチュラルな変人というよりは、なりたくてなった変人かもしれない。

ただ個性的でありたいと願ったというよりは、なりたい自分像があって、たまたまそれが個性的だっただけである。

しかし自分でもよくわからないのは、自分のどこが変人なのかわからないことである。

周りの人間も同じように感じるらしく、私のことを変人扱いするわりに、どこが変なのかと聞くと「どこって言われても困るけど。。。」というような返答をされる。

常識はあるつもりだし、良識もあると自分で信じている。

だから大体他人の評価も、「良い人だけど、ちょっと変わってる」と言った後、「あっ、ちょっとじゃないかも」と訂正するような具合である。

ぜひどこが「ちょっとじゃない」のか教えて欲しい。

 

まぁ、ちょっとくらい変わってた方が面白いとは思う。

アクがなく付き合いやすい人だってもちろんいいのだが、多少クセがあるくらいの方が自分にとって普段と異なる刺激が与えられるので、興味深く感じるのである。

「丸くなるな、星になれ」などとポジティブ過ぎることも言わないが、凸凹してることを味わいだと感じられるくらいには、心の余裕を持って人付き合いをしていたいなと思う。