異呆人

毒にも薬にもならない呟き

結婚したくない人が増えている件

最近、種々の調査で結婚したくない人が増えていることが話題になっている。

そんなこと人それぞれで自由だろうし、他人がとやかく言うことでもないだろう。

ただ日本という国の将来を考える上では、非婚化ならびに少子化は困ることではあるので、マスコミが取り上げたくなるのもわかる。

そして多くの人にとって実に身近で実に多様な見解のある話題でもあるので、ああでもないこうでもないという議論が起こるのもわかる。

しかしその人にとってその人の人生は1回きりのものであり、私たちは人類の一人として、あるいは日本国民の一人として生きているわけではなく、一個人として生きているのであるから、そんな社会のあれこれまで考えて人生の選択をしなくていいだろう。

つまり「結婚しろ」などと他人が口出しすることは、余計なお節介以外の何物でもない。

 

結婚すること、あるいは家族を持つこと、子供をもうけることは、利害どうこうで議論するものではない。

つまり「結婚することが損か得か」という議論は、実に不毛だと思う。

そんなもの、損になることもあれば得になることもある。

それはその人の人生が、どんな形で進行するかによる。

一人で自由気ままに生きて、気付いたらポックリ死んでいるくらいの人もいるだろうし、一人で自由気ままに生きたはいいが、晩年に孤独を噛みしめながら死んでいく人もいるだろう。

家族に恵まれ幸せな人生を送る人もいれば、家族が血みどろの争いを繰り広げて不和に頭を抱える人もいるだろう。

結局は損になるか得になるか、あるいは損だと思ってしまうか得だと受け止められるかは、その人次第なのである。

 

結婚したくない人、あるいは結婚しないでもいいと思っている人が増えているのは、単に結婚するより魅力的な娯楽が増えているからだと思う。

昔は一人で楽しめる娯楽なんて少なかった。

ゲームや漫画やアニメなどのサブカルチャーは今みたいに溢れておらず、競馬やパチンコなどのギャンブルくらいしか一人で手軽に楽しめる娯楽はなかったのではなかろうか。

反対にスキーに出かけたり海に出かけたりするアウトドアは誰かと一緒の方が楽しいし、飲みに行くのだって一人より誰かと一緒の方が楽しいと思う人が多いだろう。

そして皆が早くに結婚する時代であれば、そういった複数人で楽しむアクティビティは年齢を経るとともに友人同士では成立しなくなってくる。

「そろそろ俺も結婚するか」という雰囲気になるわけである。

 

女性の場合はもっと極端で、はっきり言って結婚するしかなかったのだ。

仕事で一生飯を食っていけるケースはほとんどなかっただろうし、女性一人で楽しめる娯楽も少なかった。

というか、そもそも自由に使えるお金が少なかっただろう。

そして周りからは自然と結婚への圧力がかかり、見合いの話が持ち込まれたりする。

家族という枠組みが強固であれば、状況的に否応ではないはずである。

それが昔といっても100年も200年も前の話ではない。

たかだか半世紀から4半世紀前の話である。

そのくらいの期間なら、一個人の人生の間に収まるくらいだ。

 

そんな感じで、成人して社会という野に放り出されれば、結婚するのが当たり前というか、結婚くらいしか目ぼしい選択肢がなかったのである。

結婚するポジティブな理由なんて、もともと多くの人にはなかったのだ。

そういう意味では今は一人で生きていく選択肢がたくさんあるので、結婚しない人が増えているのは、社会が物質的に豊かになったゆえの必然と言える。

もともと結婚する理由がないのであれば、それ以外に魅力的な選択肢ができればそちらになびいたりもしよう。

人々の考え方が変わったと捉えるより、社会環境が変わったと捉える方が正しい。

だから「今時の若い者は。。」という議論は少し違う気がする。

今、親や爺さん婆さんになっている世代の人だって、同じような環境であったなら今の若い人と同じような選択をしたはずである。

 

結婚するしないが自由であることは間違いない。

だから今の環境において結婚しない人が増えるのは当然である。

反対に今の環境が続くのであれば、「結婚したくない人が50%!」などどいう数字は当たり前のものになるだろうし、一人で生きる選択肢がより充実すれば、その割合はさらに上がることだろう。

その流れは止めようがないし、止めるべきとも思えない。

どうしても結婚したい人を増やしたいなら、「結婚は素晴らしい!」というイメージをひたすら拡散していくしかない。

ただしそれはもはやプロパガンタというか、ただの社会的洗脳と同じである。

極端な言い方をすれば、第二次世界大戦の枢軸国における全体主義と変わらない。

 

結婚したくない人が増えることは仕方ないにしても、問題は結婚したくてもできないと思ってしまう人がいたり、ネガティブな理由で結婚したくないと思う人がいることである。

それは選択肢の増えてしまった社会環境の変化に、なぜか社会そのものがソフトの面で対応しきれていないから起きる。

働き方の改革も子育て環境の整備も遅々として進まない。

男性が低賃金だから結婚を思いとどまるとか、本来はおかしな話である。

男性の賃金が低いなら女性も働けばいいだけの話だ。

そして家庭の雑事は二人で分担する。

そうならなければならないのに、男性は長時間労働で拘束され家事をこなす時間はないし、そのせいで女性にばかり家事の負担が押し付けられる。

別にそれが男女逆でもいい話なのに、企業の側が男女の働き方に差をつけていることも多い。

 

そういった不十分な面が整備されてなお、「一人の方が楽しい」と思う人たちはきっといるし、それはそれで結構なことである。

だからあとは社会のソフトとハードの両面で、非婚化やそれに伴う少子化に対応していくだけである。

年金なんて放っておいたら破綻するので社会保障制度の改革は必要だし、財政状況を考えれば医療保険制度の改革も必要だろう。

住宅だって現状でも多すぎるくらいだし、街を拡大していくのではなく、居住地を都心部に集中させるコンパクトシティの発想が必要ではないかと思う。

人口が減っても、一人暮らしでも、あるいは結婚していて大家族でも、なんでもいいではないか。

どんな状況でも問題が出ないように、時々の変化に遅れず対応していけばいいだけの話だと思う。

長々と書いたが、「結婚したくない人が増えていても問題ない」と言いたかっただけである。

まぁ、私は結婚することにしたのだが。