異呆人

毒にも薬にもならない呟き

人間関係の間合いと言葉の選び方

先日、久しぶりに何人かの友人で集まり、イベントに参加する機会があった。

イベントを楽しみながら、近況の報告だなんだで色々な話をしていた。

そのうちの一人が仕事について悩んでいるというか、いろいろ思うところがあったようで、私は話を聞いたりアドバイスじみたことを言ったりしていた。

大したことではない、どちらかといえば一般的な考えである。

そもそも私は人生における決断は本人しかできないと思っている。

外野ができることは、その人が決断するにあたって用いる情報を、可能な限り整理して判断しやすくしてあげることくらいである。

それは誰にでもできることだから大したことではない。

右にあるものを左に動かすようなことである。

だが後日、その友人がSNSで私の名前は伏せながらも私の発言を挙げ、「とても考えさせられた」と言っていた。

私の発言の趣旨とは少し異なった捉え方をしているように見えたが、それはともかく、自分が大したことないと思って言っている言葉を重く受け止められており、改めて言葉の持つ力を感じたというか、不用意な発言はできないなと思った次第である。

 

 私自身は人とべったり付き合うのが苦手である。

いつも適度な距離がほしいと思っている。

だから誰かに言葉をかけるときも、親身になってアドバイスするより、客観的に一歩引いた位置から発言するようにしている。

ややもすれば、突き放した言い方に聞こえることもあるかもしれない。

しかしそんな発言の方が相手に響くこともあるようで、「あのときのあの言葉がとても印象に残ってます」と言われることがしばしばある。

本人はそんな熱を込めて語ったつもりはないので、「おぅ、そっか。。。」と引いてしまうこともある。

そんなときいつも、どこが相手の急所かわからないものだなと思い知らされるのである。

 

童謡「一年生になったら」では「ともだち100人できるかな」という歌詞がある。

あれは多くの人が聞いて育つものだと思うが、「友達は多い方が良い」という感覚を無意識に刷り込ませるものだと思う。

実際には、友達が多くて良いこともあるだろうが、さほど大きなメリットはない気がする。

多くて困ることもそうないだろうが、多くて良いことなど、遊び相手に困らないというくらいではないだろうか。

人と遊び歩くのが好きな人でなければ嬉しくない特典である。

たまに「医者と弁護士が友人にいれば〜」などというのを見聞きするが、医者と弁護士の世話になることなど一生のうちに数えるほどしかないだろうし、そんな場面で友人の医者や弁護士に仕事を頼むことが良いとは限らないだろう。

 

だから私は友人を大切にはしているが、友人を増やしたいとか関係を無理にでも繋ぎ留めたいと思ったことはない。

自然と友人関係になるというか、概ね相手から声がかかって会ったりなんだりしているうちに、友人のような感じになっている。

それが積み重なったり連鎖したりして、友人関係が広がってきた。

積極的に友人を作ろうとしない私は、自分自身が友人の少ない人間だと思ってきたが、最近周りの人と話をしていると、どうもそうではないらしいと知った。

結婚式に呼ばれたり、飲みに行ったりしている頻度からすれば、むしろ世間の平均よりは友人が多いのではないかと指摘された。

確かに、しょっちゅう誰かしらと会っているし、彼女からは交友関係の広さを羨まれることもある。

でもそれは私が望んだものではなく、呼ばれて断らずに出て行っていたらそうなっているだけで、少し釈然としないものを感じたりする。

 

そんな感じの人付き合いを続けてきて、私はそれが普通だと思っていた。

だが以前、ある人からそんな私のことを羨ましいと言われたことがある。

その人曰く、「自分から声をかけないと友人なんて全然広がらない」そうだ。

「だから黙っていても声がかかるあなたが羨ましい」、そんなことを言われた。

その人とは珍しく私から縁を切った。

「自分から〜」というその人のスタイルが、私の心地よい間合いを侵食していたからである。

その人の人間性の良い悪いはともかく、人間関係には合う合わないがある。

無理に合わせる必要はないのだ。

たぶんその人は、合うか合わないかを問わず合わせにかかるから、周りの人が引いてしまうのだと思う。

 

そう考えると、結果的に私の友人関係が広くなっているのは、適度な間合いを保ち続けているからかもしれない。

相手の懐に入らず、「もうちょっと深く付き合いたいのに」と思ってもらえるくらいの寸止め感がある方が、人間関係はうまくいくのかもしれない。

そして友人関係に頓着しないからこそ、相手に良く思われたいと思わず、割とストレートな言葉をぶつけることも、結果的には「正直な人」、「本音で(真剣に)意見をくれる人」という評価を得ているのかもしれない。

そんなことを考えた。

まぁ、がっぷり深く付き合っている人も結構いるが。

それはそれで、相手が望んでこちらも望めばいいのではないかと思う。

お互いのペースとスペースを守ることこそ、良い人間関係の秘訣なのだろう。