異呆人

毒にも薬にもならない呟き

相対的な基準で批判してはいけない 〜電通社員の過労死自殺に思うこと〜

残業、および長時間労働に関しては、以前にこんな記事を書いていた。

残業そのものが悪ではない - 異呆人

 

私は基本的に残業そのものが悪いとは思っていない。

必要な残業はたくさんある。

ただそれが恒常的な長時間労働につながり、労働者の健康状態を損なうようでは問題があると思う。

そしてそういった長時間労働に関する問題が起きないようにするには、システマティックに労働時間に規制をかけてしまう方法と、業務効率を改善したり人員を増員したりといった負荷を軽減する方法がある。

企業の自助努力としてはどちらも可能であるが、外部者が問題の予防を図るには前者の方法しかない。

だから労働時間の制限などによって、労働者の保護が図られてきた。

しかしながら労使協定さえ結べば例外的な運用も可能なので、あってないようなものと言うこともできる。

まぁ仕事なんていろいろあるし、繁閑の差が激しく調整の効かない仕事もあれば、毎日同じ作業を繰り返す仕事もある。

規制なんてものは、だからあくまで大多数に適用できる最低限のものであって、本当に有効な施策というのは当事者たちが話し合って考えていくしかない。

 

今回世間で騒がれている電通社員の自殺問題だが、多くの人の論点がズレているような気がしてならない。

問題なのは残業の量とか、「月100時間の残業が死ぬレベルか」というところではない。

電通が労使協定で結んでいた残業時間の上限70時間を超えて労働させていたことと、おそらく残業時間の過少申告をさせていたことである。

そして結果として人が死んで、その原因が長時間労働にあると認められたことである。

 

私も最初の会社で仕事をしていたときは、恒常的に月80〜120時間の残業をしていた。

1日5時間残業して、20日間出社すれば残業時間は100時間になる。

定時が8〜17時までだとすれば、7時に出社して21時まで仕事をすれば残業は5時間である。

別に大した数字ではない。

私は比較的残業が多い方だったが、私より多い人間も何人かいた。

それでも死人は出なかったし、私も死ぬほど辛いとは思わなかった。

だから「残業100時間って、死ぬレベル?」と思う人がいる気持ちはわかるが、それは問題の本質ではない。

 

何時間働いたら、何時間残業したら辛いか、というのは人それぞれ感じ方が違う。

50時間程度の残業で辛い人もいれば、「24時間戦えます!」と真顔で言う人もいる。

それは個人差のある相対的な尺度であって、物事を判断するときの参考程度にしかならない。

そして人それぞれ違うから、どこかで一律に線引きしなければならない。

そこで引かれた線は守る必要がある。

今回の件はその絶対的な線が守られなかったから批判されるべきものである。

100時間がどうだとか、電通の社風がどうだとかは、おまけ程度の話である。

これがたとえ月の残業時間が50時間だったとしても、過労死の認定を喰らえば悪いのは企業の側である。

人死にが出ないように働かせるのは企業の義務である。

 

死んだ電通の社員が残したツイート等からすると、長時間労働がどうとかだけでなく、パワハラやセクハラもあったのではないかと思われる。

総合的に彼女が働きにくい会社だったのだろう。

死ぬくらいなら辞めればいいのに、と毎度思う。

その判断ができないくらい心身衰弱していたのかもしれないが、総じて特に日本人は真面目過ぎる。

仕事しなくたって、生活保護で生きている人間もいる。

ホームレスだって生きている。

結局は生活水準がどうとか、やりたい仕事がどうとか、贅沢な言い訳を自分の中で重ねて、挙句に自分で自分を追い込んでいくのである。

 

それが良いとか悪いとかではない。

ただ良いとか悪いとかではないからこそ、すべての判断はその人次第で、本人が責任を持つべきものである。

だから電通の側にある大きな非と、死を選んだ彼女自身の決断は分けて考えるものだろう。

殺されたのではなく自殺である。

酷ではあるがもっと言えば、彼女が死ぬまで周りは相談されなかったのだろうか。

何がしてあげられたのだろうか。

本人の判断や責任を過小評価するなら、周囲の責任が大きくなる。

それぞれに至らないところが少しずつあり、それが積み重なって事が大きくなったのだ。

まぁ、一番悪いのが電通なのは言うまでもない。

 

悪者探しをしても死んだ人間は死んだままである。

電通だって変わらないだろう。

高給や広告マンという肩書きに憧れる若者がいる以上、それはなくならないのである。

私の後輩にも、就職浪人をしてまで電通を受け続け、結局採用されなかった奴がいる。

悪い奴ではないし有能ではあるのだが、正直理解に苦しむ。

ちなみにその後輩は別の広告会社に勤務したあと起業して、今は自殺した電通社員以上に残業している。

というか残業なんて観念がない、仕事と私生活の境目のない生活を送っているようである。

やりたいことであるなら、それでも全然平気なのだろう。

だから将来有望な若者にはきちんと見る目を養ってほしいと思う。

自分のやりたいことを見つける目と、目を輝かせる若者を食い物にする悪い奴らを見抜く目である。