異呆人

毒にも薬にもならない呟き

魅惑のおっぱい

男というものは、どうしてああも女性の胸の膨らみが気になるのであろう。

ただ街を歩いているだけでも、つい目に入れば見てしまう。

母性を感じるからだとか何だとか諸説あるようだが、基本的には理由はよくわかっていないらしい。

胸が大きいことが生殖する上で、あるいは子育てする上で有利に働くわけではない。

乳房はただの脂肪の塊である。

物理的にも邪魔なだけで、役に立っているようには見えない。

もし男性のおっぱい好きの理由を解明したら、イグノーベル賞は間違いないだろう。

 

私はさほどおっぱい星人ではないが、やはり気にはなる。

特に揺れているのはよくない。

あれは嫌でも目がいってしまう。

揺れているから気になるのだと言う人もいるが、揺れてなくたって気になるだろう。

男は動いているものに飛びつく猫ではない。

双房が隆起しているだけで十分効果がある。

 

多くの男性諸氏がその胸の魅力に惑わされるのだから、それは個人的な好みを超えた本能、あるいは共通の深層心理によるものと思われる。

つまりそれは避けようのない宿命に近いものである。

だから男性がつい女性の胸を見てしまうことに関して、女性は大目に見てほしいと思う。

さすがに不躾にジロジロ見る奴は、それが胸でなくたってどうかと思うが、大抵の男は控えめに、あくまでジェントルにチラ見しているはずである。

それくらい許してやってほしい。

 

今年の夏、数年ぶりに海に行ったときに、否応なくおっぱいの威力を思い知らされた。

なぜまたあんなに胸が強調される水着を着るのだろうか。

「どうぞ見てください」と言わんばかりである。

そのくせ見ていると不審の目を向けられたり、怒られたり、セクハラ扱いされたりする。

そんなに見られるのが嫌なら、上からTシャツでも着ればいい。

いや、それはそれでもったいない。

 

女性からすれば男性に見てほしいわけではなく、自分の好みだとか、可愛いからとか、いわばファッションという自己満足のための胸の強調なのだろう。

あるいは、可愛いと言われるのは良くてもエロいと言われるのは嫌というような、性的意味合いの有無を問題視しているのかもしれない。

しかし残念ながらどんなにジェントルぶっても、ほとんどの男性に通底するのが性的欲求である。

女性に興味はなくても、女性の身体に興味はあるという男はたくさんいる。

だから穴の空いた人形や、穴そのものでしかないものがよく売れるのである。

その点に関する女性の認識は、少し甘いのではないだろうか。

 

逆に女性の小さな胸に対するコンプレックスは、何に起因するのか気になる。

本当に男性から性的な視線で見られることを嫌がるなら、その対象から少しでも逃れられる小さな胸であることは、喜ぶべきことのような気がする。

それは男性が背の低いことにコンプレックスを感じることと同じだろうか。

しかし背が低いことには何のメリットもない。

同じように語るのは、少し違うだろう。

 

私は大きい胸が好きなわけではない。

大切なのは全体的なバランスである。

背の高さとか、ふくよかさとか、そういった全体との調和が大切である。

たまに背が低くて巨乳なロリっ子が好きだという男や、痩せていて胸だけ大きい女性が好きだという男がいるが、私の好みからすると理解できない。

あとはフォルムである。

向きとか位置とか、そんな感じである。

車の流線型と一緒で、腹から続く曲線の形が大事だと思っている。

 

これだけ言っておいてなんだが、私の彼女は胸が小さい。

本人も結構気にしているようで、パットで盛ったりしている。

涙ぐましい努力である。

私は審美的に胸の好みを持っているだけであって、胸の美しさが人間性と関連するとは微塵も思っていない。

結婚して生活を共にする相手の胸の美しさなど、心の美しさに比べて何ほどのものであろうか。

小さな胸には小さな胸の楽しみ方があると、あえて言っておこう。