読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

異呆人

毒にも薬にもならない呟き

彼岸過ぎて

随想

墓参りに行ってきた。

私の家は、毎年盆休みに親族一同15人ほどで墓参りに行く習慣がある。

実家は大阪だが、墓があるのは滋賀の片田舎。

車で3時間ほどかかる。

夏休みの小旅行を兼ねて、琵琶湖で泳いだり、バーベキューをするのが恒例である。

滋賀には墓だけでなく、家や田畑も所有している。

別荘なんて上等なものではないただの民家だが、泊まって帰ることもできる。

田は人に貸し、畑は草刈り程度しかしない。

静かなところで、周りは山しかない。

子供の頃はこの田舎に行くことがとても楽しみで、行ったらよく用水路でカニを取ったり、近くの神社で虫捕りをしたものだった。

 

今年の盆休みは実家に帰らなかったので、墓参りにも行かなかった。

私は最近は墓参りもしたりしなかったりである。

親族は皆、実家周辺に住んでいて、私だけが1人離れて生活している。

一応長男ではあるが、仕方ないと思ってくれているのか、あまりうるさく言われたことはない。

それでも少しは気が咎めるもので、都合がつけば1人で墓参りすることにしている。

今回は先日の出張の折にたまたま近くを通ることになったので、予定はしていなかったが足を運ぶことにした。

 

天気は良かったが、風はかなり涼しく、暑くはなかった。

近くのスーパーで花だけ買うことにした。

そういえば、以前に1人で墓参りしたときは、日本酒のワンカップを買ったことを思い出した。

亡くなった祖父が好きだったからだ。

酒と写真を撮ることが好きで、わりと厳しい人だった。

「税理士か弁護士になれ」と言われたことがあったが、私はカスリもしない仕事をしている。

故人が好きだったものを供えることは、生きている人間の感傷でしかない。

その日はそんな気分でもなかったので、花だけにした。

 

墓参りそのものが感傷というか儀式であり、生きている人間の都合である。

私なら墓参りに行くことは、「家のことを考えてます」というポーズになる。

「墓参りにも行かない長男」というレッテルを貼られるよりは生きやすい。

あとは単純に田舎が好きだということもある。

墓参りはこの土地に来る口実になる。

ここは空気が澄んでいて、静かで、とても良い。

この土地で農業をして暮らしたいと思ったこともある。

今だって、できるものなら挑戦したい。

ただうちの田畑は、それで食べていくには狭い。

人から借りなければならないし、一から農業を学ばなければならないし、奨学金という借金があったし。

と、いろいろな言い訳をつけて、面倒だったのでやめた。

本気の人なら、それくらいのハードルは軽く超えるはずである。

 

墓は村営墓地にある。

いつの頃「村」だったのかは知らない。

私が物心ついたときには「町」だったし、今は合併して「市」になっている。

だが呼称は「村営墓地」だそうだ。

歴史である。

あるいは「村」は「ムラ」で、公的セクターではなく地域の共同体を指すのかもしれない。

家の墓は代々この場所にあったようだが、墓石は祖父が建て直している。

女兄弟の中に男一人だったせいか、祖父は「家」というものに対するこだわりが強かった気がする。

 

村営墓地には、墓掃除の道具が一式置いてある。

私は桶に水を汲み、柄杓とたわしと花を持って墓に向かった。

墓地にはあちこちに彼岸花が咲いていた。

彼岸は過ぎており、咲き終わりが近いようだった。

いつも盆休みにしか来ないので、そんな光景を見るのは初めてだった。

地獄花の異名を持ち、毒があって忌避されることもある花だが、鮮やかな赤が群れる様は、この世ならぬ感があり幻想的である。

踏み折らぬように気をつけて歩き、家の墓まで辿り着くと、夏に供えられた花はすっかり朽ち、墓石には苔がむし始めていた。

スーツ姿のまま柄杓で水をかけながら墓石を磨き、花を取り替えて湯呑みなどを洗う。

墓石に彫られた文字の溝に、小さな蛙が二匹いた。

小さい頃は「お墓にいる生き物はご先祖様が姿を変えて現れているものだから、大切にしなくてはいけない」と言われたものだった。

蛙になってまで現世に出なければならないとは、死人もなかなかに不憫である。

 

掃除を終え、束の間手を合わせる。

唱える経は持たない。

祈るのも拝むのも誰のためでもない。

長閑な田園風景は優しく、今が仕事の隙間時間だということを忘れそうになる。

気が済むまでその風景を眺めてから車に戻った。

墓地を立ち去ってもしばらく、彼岸花の赤が瞼の裏に残っていた。

 

f:id:syuten0416:20161012143703j:plain