異呆人

毒にも薬にもならない呟き

異形の弁当男子

最近、再び弁当を作り始めている。

もちろん、職場で昼食として食べる弁当である。

同僚が愛妻弁当を持ち込むようになって、「そういえば自分も節約しなければいけない状況にあるし、久しぶりに弁当でも作るか」と思った次第である。

今の職場に来てしばらくしてから、1年間弁当を作ってきた時期があった。

その頃は、「弁当男子」と随分囃されたものである。

私が弁当を作る理由はただ1つ、食費が節約できるからである。

栄養価が良いとか、料理が好きとか、そんなシャレた理由ではない。

もっと切実な理由である。

 

私の弁当男子歴は長い。

大学生のときのアルバイトの頃から弁当を作っていた。

塾講師のアルバイトをしていたので、通常の平日夜の授業なら必要ないが、夏期講習などの朝から夕方まで授業をする場合は昼食が必要になる。

そのときは日の丸弁当だった。

正真正銘、梅干し1つの日の丸弁当である。

このご時世、日の丸弁当なんてもはや死語じゃないかと思えるくらいだが、いるところにはいるのである。

おむすびにすることもあったが、そのときは「梅干しむすび」と「塩むすび」の2つだった。

塾の生徒や事務員から、憐憫の目で見られていたことは言うまでもない。

夏期講習期間中ずっと同じ献立だったのだから、私もなかなか飽きないタチである。

まぁ、食に頓着しないだけだが。

 

新卒で仕事を始めてからは、少しグレードアップした。

と言っても、自分で用意するのはタッパに詰めた白米だけである。

おかずはコンビニで唐揚げ棒を1本だけ買っていた。

営業車の中で昼食を食べることがほとんどで、雪の降る地域だったため冬は車内が寒く、冬場はカップ味噌汁を付けることを自分に許していた。

朝から晩まで仕事で弁当らしい弁当を作る時間がなかったので、白米だけ持ち込むのが自分なりのせめてもの努力であった。

唐揚げ棒は、ときどき焼き鳥に変わったり、コロッケに変わったりした。

節約のため、おかず1つ(100円程度)が自分の中のルールだった。

 

2つ目の会社のときは、そこから節約に磨きをかける方向に走った。

出来高制の仕事で収入が安定しなかったため、可能な限りの節約を心に決めた。

会社にタッパに詰めた白米を持ち込み、そこに塩をふりかけて食べた。

ふりかけですらない、塩である。

難点は、白い米に白い塩をふりかけると、どこにかかっているかわからないことである。

しかしコストパフォーマンスを考えると、それが最良の選択であった。

毎日毎日、会社に白米と塩を持ち込む異形の弁当男子である。

宗教上の理由があるのではないかと疑われることもあった。

そのうち節約のためにそんなことをしているとわかると、海苔やふりかけ、インスタントスープを差し入れてくれる同僚が出てきた。

ありがたい限りである。

 

今の会社に入ってからは、収入も安定したし、奨学金返済の目処もついたので、普通の弁当を作るようになった。

弁当箱もそれまでのタッパでなくロフトで小洒落た弁当箱を買ったし、「弁当おかずレシピ」系の本を買って、頑張っておかずも作るようになった。

友人に誘われて合羽橋を散策したときに卵焼き用のフライパンを買ってしまったので、それがお気に入りになってしょっちゅう卵焼きを作っている。

たまに、誰も見てないのに、ウインナーをタコさんにすることもある。

自分で自分にタコさんウインナーを作るというシュールな現実を、笑って楽しんでいる。

 

あまりまともなものを作っていないので、「弁当男子」などと言われると、どうにもこそばゆい。

そんな凝ったことはしていない。

おかずだって、冷凍食品で隙間を埋めることもある。

というか最近は、夕飯を作って、それを弁当に積めるだけである。

世の弁当作りに勤しむお母さん方だって、そうでもしないと労力がかかり過ぎて大変である。

思うに、「弁当男子」などと言われて喜んでいるような男がいるとすれば、それは「弁当を作っている俺、カッコ良くない?」と思っているナルシストくらいである。

繰り返すが、私は節約のために弁当にしているだけである。

決してそんな輩と一緒にしてほしくない。