読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

異呆人

毒にも薬にもならない呟き

結婚式は必要か?

ゼクシィカウンターに行ってきた。

結婚式場はネットで彼女が一所懸命探してくれていて、私はすっかりお任せだった。

私の親族のほとんどを遠方から呼ぶので、アクセスの良いところにしてほしいということだけ要望したが、あとは結婚式なんて女性が主役だと思っているので好きにしてもらっている。

しかし私の3倍くらい慎重な彼女は、入念に調べているにも関わらずまだ見落としがないか不安なようで、ゼクシィカウンターに相談に行きたいと言ってきた。

まぁプロの意見を聞くのも一つの方法である。

 

週末のゼクシィカウンターは混雑していた。

世の中にはこんなに結婚を考えているカップルがいるのかと思えば、未婚率の上昇や、ひいては少子化など統計上の計算ミスではないかと思えてしまう。

もちろん日本の人口からすればゼクシィカウンターを訪問するカップルなど少数であり、週末に皆こぞって訪れるものだから、こういう光景になるのだろう。

相談スペースはほぼすべて埋まっていて、入れ替わり立ち替わりカップルがやってくる。

そんな模様を人間観察しているのも楽しいが、今日の目的は自分事の相談である。

私はあれこれ要望をアンケートにまとめている彼女の横で、出されたお茶を啜っていた。

 

アドバイザーは若い女性だった。

ハキハキした感じの良い人で、カジュアルで率直な印象を受けた。

質問にはほとんど彼女が答えている。

私はときどき横から補足するだけである。

初めのうち、アドバイザーは私にも意見を求めていたが、その必要がないことは明白だったので、途中からはほとんど彼女と会話していた。

いろいろ受けた要望を踏まえてアドバイザーが候補の式場を挙げてくれたが、それらは結局、最初に彼女が見学を希望していた式場だった。

「よくお調べしてたんですね」と言われていたが、たぶんPCとスマホの画面に穴が空くくらい眺めていたんだと思う。

それはそれで、しっかりしていて良いことである。

 

その場で2つの式場の見学予約をしてもらった。

1日で2つ回るので、午前と午後を潰しての一日仕事になる。

「3〜4時間かけてじっくり見て回ることをお勧めしています」とアドバイザーは話していた。

料理の試食があれば、そのくらいの時間はかかるそうである。

見て回る式場数を既婚の友人に聞いたところ、「3つ以上回っても、迷うだけで無駄」と言われていたので、まぁそんな感じでいいのだろう。

ゼクシィカウンターではそれ以外に、指輪の試着ができたり、保険の相談ができるようだった。

指輪の試着は彼女もしてみたが、どれもしっくりこないようだった。

まぁあれだけ嵌めてみて回ったのだから、ここでピッタリのものが見つかるとは思えない。→サービスの価格 - 異呆人

保険については、「元保険会社員です」と言うと、簡単に白旗を上げてくれた。

事実なのだから仕方ない。

散々説明させた挙句、あとでカミングアウトされるよりはいいだろう。

言いはしなかったが、CFPとFP1級は保持している。

たぶん、ライフプランで相談することはほとんどない。

 

それでもお金のことについては、彼女は少し現実を思い知ったようだった。

基本料金くらいしか見ていなかった彼女にとって、聞かされた実質的な相場の金額は大きかったようである。

それを先払いしなければならないと言われたとき、隣で彼女がたじろぐのがわかった。

私はライフプランの相談に乗る側の仕事をしていたので、結婚式の相場くらいは知っている。

それは説明せずに、彼女には私が出せる金額の上限だけ伝えてあった。

ない袖は振れない。

ここからはやりたいことと予算の狭間で葛藤しなければならない。

彼女には隠し玉があるのだが、それはあまり手をつけたくないのだろう。

いずれにしても、決定権は私にはない。

私には考える道筋を整理してあげるくらいしかできない。

 

そもそも、結婚式は本当に必要だろうか。

この問いに対する答えは、とても複雑だと私は思っている。

というより、たった一つの正解はなく、それぞれのカップルが出した答えが正解なのだろう。

私の個人的な意見としては、「式はどちらでもいいが、披露宴はした方が良い」と思っている。

結婚そのものは、私は当人同士の問題だと考えている。

「家と家が〜」なんていうのはナンセンスだと思っている。

2人がくっつけば新しい家庭が生まれる。

そこがスタート地点であり、それはそれまでの先祖代々の流れの上にあることではあっても、本来は非連続のコミュニティたり得るものである。

だから周囲に反対されようが何しようが、自分たちが良いと思うなら結婚したら良い。

もちろん私のような考えでない人も多いわけで、そこは相手のあることなので互いに妥協していくしかない。

 

結婚式は2人が愛を誓い合う場である。

それも本来は神に誓うのだろう。

実際には、今は神前式ではなく人前式も多いし、そもそもほぼ無宗教の日本人が神の前で愛を誓う意味など皆無だと思う。

だから結婚式など形だけである。

では誰に対して形式を整えるのかといえば、世間、あるいは両家の親族や友人たちに対して形式を整えるのである。

これはそれなりに意味のあることだと思う。

世話になった親族や友人などに向けて、2人で挨拶するフォーマルな場である。

ただ挨拶をするだけなら、式はせずにお披露目である披露宴だけすれば済む。

だから「式はどちらでもいいが、披露宴はした方が良い」と思っている。

本来のルーツや意義は知らないが、こう考えることは少なくとも現代日本のコンテクストに合っているのではないだろうか。

 

演出や料理などは好きにしたらいいと思うが、本人が楽しんだり、ゲストを楽しませたりするのは、二の次でいいのではないかと思う。

「お世話になりました。ありがとう」と「これからもよろしくお願いします」である。

だから逆にそういった報告をする相手がいないのであれば、無理に結婚式や披露宴をする必要はないと思うし、そういった挨拶や報告を2人でする場を設けるのであれば、結婚式や披露宴という形でなくても良いと思う。

結婚するかどうかは本人たちで勝手に決めればいいと思うが、結婚式を挙げた方がいいか、披露宴をした方がいいかは親しい人の話を聞いてみてもいいと思う。

 

まぁ、問題は費用なのである。

最近は結婚式を挙げないカップルや、ごく少数で式を執り行うカップルも増えているようだが、それもこれも費用がバカにならないからである。

残念ながら日本では結婚式という文化が出来上がってしまっていて、それが産業として成立してしまっている。

最近の格安結婚式でも、既存の形式より安いだけであって決して安くはない。

結婚のお披露目と挨拶をするくらいなら、ある程度の人数が収容できるスペースがあって、それなりの料理があって、新郎新婦と参加者が歓談できればいいのである。

公民館でも借りて、ちょっと良い料理をケータリングして、プロジェクターやスクリーンをレンタルしてプロフィールムービーでも流せばいい。

金額だけでいえば、物凄く安く上がる。

本質だけを抜き出せば、それで事足りる。

 

それを「え〜、それはちょっと。。。」と思うなら、それは今の日本の文化や慣習や産業に、頭までどっぷり浸かっているということである。

それが悪いわけではない。

郷に入らば郷に従うのは賢い選択である。

私だってそんな感じで良いと個人的には思っているが、彼女が一般的な結婚式を望むのだからそれに合わせようと思っている。

そんなシンプルなお披露目でもしようものなら、親族からだって何を言われるかわかったものではない。

友人は「朱天らしい」と思っておしまいだろうが。

まぁ結婚すると決めたときから世間のルールに従うと決めているのだから、すでに賽も匙も投げられている。

特に不満もなければ希望もない。