異呆人

毒にも薬にもならない呟き

一人旅の旅情

久しく一人旅をしていない。

一人旅といっても、大層なものではない。

1泊2日か2泊3日くらい、ちょっと気になったところへぶらっと出かけるだけである。

大してお金に余裕があるわけではない。

好きなアクティビティがあるわけでもない。

「一生に一度くらいはあの有名な〇〇を見てみたい」とか、「そういえばあっち方面は行ったことがないな」とか、目的も大概いい加減である。

旅をしたいというよりは、ただ日常に退屈して、普段と違う空気を吸いたいだけかもしれない。

 

大学生の頃は、まったく旅をしなかった。

バイトと部活動に明け暮れていたので、まとまった時間がなかった。

学生時代は沖縄にいたので、どこに行くにも飛行機か船でしか行けずお金もかかった。

近くの離島なら比較的安価に行けたが、それでも船での移動が大半なのでやはり時間はかかる。

そしてそれ以上に、そうまでして旅に出て得たいものが当時の私にはなかった。

やりたいことはないし、見たいものはないし、食べたいものもない。

学生時代など毎日が夏休みとは言わないが、それでものんびりした生活を送っていた。

精神状態がときどき不安定になることを除けば大して不満のない毎日で、生活圏の外側に飛び出していく意味がなかった。

良い意味で言えば、ミーハーでなかったこともあるかもしれない。

 

一人でぶらっと旅に出るようになったのは、仕事を始めてからだった。

最初の赴任地の新潟は縁もゆかりもない土地で、友人はいないし、田舎だから大して遊ぶ場所もない。

仕事は忙しく、平日は家に帰ると飯を食って寝るだけだった。

癒しが欲しいというか、気分をリフレッシュさせる必要があった。

ちょうど「高速道路がどこまで行っても1,000円」という大盤振舞いがされていた頃だったので、近場から遠方まであちこち車で出かけた。

 

白川郷に行ったり、会津若松に行ったり、糸魚川ジオパークに行ったりした。

震災前には車中泊で東北1周もした。

1日かけて新潟から弘前まで行き、弘前城で夜桜を見た。

それから翌日に十和田湖に行き、昼は盛岡でわんこそばを食べ、そして中尊寺金色堂を眺め、夜は仙台で牛タンを食べた。

最終日は松島で日の出を見てから帰るという移動ずくめの強行軍だったが楽しかった。

一番遠いところは、新潟から九州まで車で行った。

それもまた車中泊で、初日は丸一日走って広島くらいまで行った。

2日目に山口で秋吉台を見物して、夕方に下関あたりで銭湯に浸かって、夜には小倉に入った。

翌日は九州にいた大学の後輩と合流して、2人で佐賀の吉野ヶ里遺跡に行った。

何が楽しかったのかわからないが、たぶん、まだそういうバカなことをすることそのものが楽しい年頃だった。

 

東京に出てきてからは車を手放したので、遠出をする頻度は少なくなった。

代わりに近場の美術館に行く趣味ができたわけだが。

それでもときどき旅には出たくなるもので、1人でぶらっと温泉旅行に行くようになった。

溜まりに溜まった休日を消化して平日に休みを取り、関東近郊の温泉に1人で出かけるのだ。

観光の予定も特に設けず、現地に行って観光案内でも手に取り、1カ所2カ所だけぶらっと訪れる。

あとは早々に宿に入り、ゆっくり温泉に浸かって、酒を飲みながら美味いものを食う。

それから眠くなるまで本でも読み、そのまま床につくのだ。

平日にさほど有名でない温泉宿に泊まれば、客が自分1人などということもざらにある。

静かな環境で時間を贅沢に使う。

これは大層楽しかった。

 

そうやって一人旅を楽しんでいた時分も、友人と旅行に出かけることはあった。

最近はもっぱら彼女と旅行するので、一人旅はご無沙汰である。

人と旅行に行くことのメリットは、感動を共有できることにある。

綺麗な景色、美味しい料理、面白いもの、それらをタイムリーに共有できる。

一人旅だと、1人で心の中で感動したりツッコンだり、あるいはそれを文章にしたりするのだが、やはり少し味気ない。

旅は道連れがいるのも良い。

 

それでも私は一人旅の方が好きである。

スケジュールや行き先など、誰にも気兼ねせずに決められる。

私はあまりスケジュールを詰め込みたくないので、たくさん観光したい人と一緒だと疲れることもある。

一人旅ではその心配がない。

疲れたら休めばいいだけである。

そしてそんな実際的な都合以上に、私は一人旅で感じられる旅情が好きなのである。

車でも電車でもバスでもいい。

移動しているときに感じられるあの寂寥感のようなもの。

見知らぬ土地を旅する期待と、わずかばかりの不安。

そんなものを感じながら物思いに耽るときの心の落ち着き。

それが好きなのである。

 

そんな時間の使い方がとても贅沢だったということは、おそらくこれからの人生で思い知らされていくのだろう。

それも一つの人生の流れだろう。

そういう時期があって、今があって、これからがあって、まぁ結局最後は死ぬのである。

好きなように生きられる時期もあれば、そうでない時期もあるし、そもそも人によっても事情は様々である。

あれも人生だし、これも人生だし、たくさん諦めて、たくさん妥協して生きていけばいい。

でもやっぱり一人旅はたまにしたいなぁ。

5年に1回とか、10年に1回でいい。

来し方振り返ってセンチメンタルと旅情を噛み締める贅沢をしたい。